Japanese history
高中

金融恐慌の際、何故枢密院(というより伊東巳代治?)はこの時に限って緊急勅令を了承しなかったんですか?

解答

当時は第一次若槻礼次郎内閣の時代であり、その若槻内閣の外相は協調外交を推す幣原喜重郎でした。
協調性外交とはすなわち、北伐に対して軍事的に不干渉ということでしたが、枢密院をはじめ、軍部など政治の中心を担っていた人たちは日本の権益を主張していたため、彼らは真っ向から対立していました。
そんな時に、若槻内閣から台湾銀行救済のための緊急勅令の可決を求められたわけですが、枢密院の方々は、これはチャンス!と、勅令を否決することで、幣原外相を重用している若槻内閣を困らせて(幣原共々)退陣に追い込んでやろう、と思ったわけです

留言
您的問題解決了嗎?

看了這個問題的人
也有瀏覽這些問題喔😉