✨ คำตอบที่ดีที่สุด ✨
マルコポーロは元に着いた後、皇帝(クビライ)に気に入られて、役人になっています。その関係で中国南部に行くのですが、その際貿易を行う港があった街で、噂話程度に聞いた内容を書いたのではないか、と現在では推察されています。内容としてもかなり出鱈目で、当時のヨーロッパ〜イスラーム世界における偏見マシマシのアジア像と一致する点も多いのです。なので日記的な感じで、商人たちの話によれば、東の果てにはジパングなる黄金まみれの夢の国があるらしいぜ的な感じで書いた物なのでしょう。
実は元寇についても記載があるのですが、元軍は京都まで攻め入ったとか出鱈目が書いてあるので、文字通り伝聞されたものをそのまま書いた程度のものです。