✨ คำตอบที่ดีที่สุด ✨
味方でもあるし敵でもあると言えます。
味方である理由としては、土地の広さや質などを調べる「太閤検地」を行い、その広さや質によって納める税の量を決めてくれたことです。
「太閤検地」が行われる前までは、どんなに土地が狭くても、どんなに土地の質が悪くても、重い税を納めることを強要されていました。
納めないと捕らえられ、罰を受けることもあったそうです。
なので、豊臣秀吉は「公平な人」と言えるかもしれません。
敵と言える理由としては、「刀狩り令」を出して、農民が武器を持たないように決めたことです。
農民は、普段農作業しかしていないと言っても、武士や大名、町民と比べれば圧倒的な数がいます。
なので、反乱を起こされると数で負けてしまいます。
それを恐れた秀吉は、先手を打って武器を回収しました。
なので、私個人の意見としては、「敵よりの味方」だと考えました。
分かりにくかったらすみません💦
長文失礼しました(_ _)
そうなんですか……!
知りませんでした!
よしのぶさん、ありがとうございます!!
ありがとうございます✨
参考にさせていただきます👍✨
農民は「戦争に行かなくてよくなる」と喜んだみたいですけどね