世界史
高校生
解決済み

テストで論述問題があるんですが、
・アッシリア王国は短めだったのに、対して、アケメネス朝は、長期政権となった、この理由を、両国の政策を比較しながら説明せよ。
・アテネ民主政が完成するまでの流れを5人の人物の名前を使って説明せよ
・キリスト教を公認した出来事をまとめよ

どのように書けばいいでしょうか?

回答

✨ ベストアンサー ✨

アッシリアは統一後、良さそうな政策もたくさんありました。ですが、被征服民を強制移住させたり、重税も課したりといった悪い政策も展開していたのです。そこで4つの国に別れました。アッシリアの失敗から学んだアケメネス朝(メディアから出てきた)は比較的寛容な政策を展開したのです。一定の義務を果たせばある程度の自由は認められた、ということでした。そこが大きな違いだと思います。文章は頑張って自分で作ってみてください!(テストのために)

アテネではまず最初、ドラコンという人物がドラゴンの立法を、成立させます。今まで法を知らなかった民衆に法律を文章化させました。しかしこれではただ文章化しただけ、何もいいことはなってない。そこでソロンという人物がソロンの改革を行います。内容は債務の帳消し、債務奴隷の禁止、そして財産に応じて階級を分ける財産政治でした。この財産政治によって1部の富裕な平民が貴族という分類になって政治に参加できました。しかし平民の暮らしら変わってませんよね?このような状況の中ペイシストラトスという人が僭主政治を行います。オリーヴの栽培方法を教えたり、いいこともしましたがポリスは混乱します。(僭主は人気を得た人達なので暴れだしてしまうのです)次の政権をとったクレイステネスは10部族性に変えました。そしてなんといってもオストラシズム!この陶片追放によって民主政治に近づきます。
ごめんなさい最後の質問は分かりません。

ゲスト

ありがとうございます!!!!!!
すごく分かりやすくて助かりました!!!!!!

とあるjk

いえいえ!!そしてフォローありがとうございます☺️!お互い頑張りましょう!

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