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55年体制が終わりを迎えた理由を教えてください🙇‍♀️

回答

✨ ベストアンサー ✨

55年体制とは簡単にまとめると,約3分の2の議席数を占め政権を握る自由民主党と,憲法改正阻止に必要な3分の1の議席数を保持する野党の日本社会党の2大政党が議会で対立する政治体制のことです!

1993年の総選挙で自由民主党が衆議院議席数の過半数を割り込み,日本新党党首の細川護煕による非自民8党派の連立政権が成立し、この政権自体は短命に終わったが,ここに自由民主党が議席の絶対多数を占めていた55年体制は崩壊しました。

恐らく自由民主党の議席が2/3取れなくなって、自由民主党より多い連立政権が政権握ったよーっていうことで終わったのだと思われます!
間違っていたらすみません😭参考程度にお願いします🙇🙇不足している部分があったらコメントで教えてください!

おもち

語句の意味までありがとうございます😭

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回答

自民党の分裂:1993年の総選挙で、自民党は分裂し、過半数を割り込んだ。←は、長年続いた自民党の安定政権に陰りが見え始めたことを示唆していた
社会党の惨敗:日本社会党も、支持率の低迷と議席数の減少により、政権交代を果たすことができなかった
非自民連立政権の成立:↑の結果、多数の小政党が議席を伸ばし、非自民・非共産8党派による連立政権、細川内閣が成立。←により、自民党は38年ぶりに下野することになり、55年体制は崩壊しました

1993年の衆議院議員総選挙における自民党が分裂し、社会党も惨敗する中で、多数の小政党が議席を伸ばし、細川内閣が成立したことで、38年間続いた自民党の単独政権が終わりを迎えた。

おもち

時系列で分かりやすいです!ありがとうございます✨

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自民党の政治改革が失敗したことと、党内の勢力争いですね。

これらにより自民党が割れて、内閣不信任案が通って衆議院が解散されました。
選挙前に離党者が多く出て新党に移り、過半数を下回りました。
選挙の結果も自民党は微増にとどまって過半数割れのままでした。

この選挙で社会党は一人負けして、新党に票が流れました。
自民党に次ぐ第二党は維持しましたが、影響力は減りました。

おもち

なるほど!ありがとうございます😊

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