標前 35 母性因子と形態形成(1)
・母性因子/位置情報/ショウジョウバエの前後軸の決定
解答・解説
p.100
生物
初期発生において, 未受精卵の中に存在する母親由来のmRNA が, 受精後にタン
パク質に翻訳されて胚の発生を制御することが知られている。このようなタンパク質
は、母性因子と呼ばれている。母性因子の中には、キイロショウジョウバエ胚の前後
軸パターン(頭部,胸部,腹部)形成に関与するものもある。
母性因子PのmRNA は, 卵形成時に卵の前方に偏在しているため、胚の中で合成
されたタンパク質Pも片寄った分布を示す。
図1(a)に, 正常な初期胚におけるタンパク質Pの分布,およびその分布に従って決
定される胚の前後軸パターンを示す。Pをコードする遺伝子Pを欠失した母親から
生まれた胚は,図1(b)のような前後軸パターンとなり、正常に発生できずに死んでし
まう。(タンパク質Pを人為的に正常よりも多くしたところ、その胚は図1(c)のよう
な前後軸パターンを示した。
(a) (b)
相対度
タンパク質P
相対濃度
-タンパク質P...
相対濃度
(c)
タンパク質P
伝子Qと遺伝子 Rを両方とも欠失した母親から生まれてきた胚の腹部形成は正常で
あり胚の前後軸パターンに異常は見られなかった。
問1 下線部(ア)について。 図1(b)に示した胚の前後軸パターンから考えられる,タン
パク質Pの前後軸パターン形成における役割は何か 次からすべて選べ。
① 頭部形成を抑制する。
② 胸部形成を促進する。
③ 腹部形成を促進する。
④ 頭部形成と胸部形成に役割をもたない。
★★ 問2
下線部(イ)について。 タンパク質Pはどのようにして胚の前後軸パターン形成に
与すると考えられるか。 図1(c)の結果に基づいて, 70字程度で述べよ。
★ 問3
下線部(ウ)について。 RのmRNAの分布とタンパク質Rの分布が異なる理由を
説明した次の①~④について,間違っているものをすべて選べ。
①
タンパク質Rはタンパク質Qを分解する。
② タンパク質QはRのmRNAの翻訳を阻害する。
人橋
③
④
タンパク質QはRのmRNAの転写を抑制する。
タンパク質QはRのmRNAの転写を促進する。
★ 問4
下線部(エ)について。 この実験から推測されるタンパク質Rの機能を. 35字程度
で述べよ。
↓
胸部部
問5 下線部(オ)について。 この結果から,前後軸パターン形成において QとRはそれ
ぞれどのような役割を果たしていると推測されるか 110字程度で説明せよ。 Qお
よびRについて, 遺伝子, mRNA. タンパク質を明確に区別して記せ。
↓
後前 頭部 胸部 後
A
図1 キイロショウジョウバエ初期胚の前後軸に対するタンパク質Pの
分布 (上図)と,そのときの胚の前後軸パターン(下図)。
(a)正常な胚, (b) タンパク質Pをもたない胚, (c) タンパク質P
を正常より多くも
72
母性因子QのmRNA は, 図2
(a) のグラフのように,卵形成時に
卵の後方に偏在している。 Qを
コードする遺伝子Qを欠失した
母親から生まれた胚は,腹部構造
をもたない。
10
10
QのmRNA
タンパク質Q
相対濃度
RのmRNA
相対濃度
相
タンパク質R
前
後
後
前
一方, 母性因子 R のmRNA
は,卵形成時に卵全体に均一に存
図2 正常な卵または胚の前後軸に対する, (a) Qおよび
RのmRNA分布, (b) タンパク質Q およびタンパク質R
の分布。
在しているが,合成されたタンパク質Rは、図2(b)のグラフのように,その分布に片
寄りが見られた。Rをコードする遺伝子Rを欠失した母親から生まれた胚は、正常
な前後軸パターンをもつ。 しかしながら, (エ)タンパク質Rを胚の後方で人為的に増や
したところ, 胚は腹部形成できなくなった。
(オ)遺伝子Qを欠失した母親から生まれた胚が腹部形成できないにもかかわらず, 遺
す
|東大
第4章 生殖と発生
73
1
答
35 母性因
問1②
問2 タンパク質Pは濃度勾配を作って頭部形成と胸部形成のための位置
成させるという形で関与すると考えられる)。 〈76字(82字)〉
情報を与え、相対濃度が6~の領域に頭部を,1~6の領域に胸部を形
[別解] タンパク質Pは濃度勾配を作って,相対濃度6と1を境目にし
軸パターン形成に関与すると考えられる)。 〈73字 (76字)〉
て頭部形成と胸部形成のための位置情報を与えるという形での前後
3 1. 3. 4 714
問4頭部と胸部が形成されるべき方と中央部において腹部形成を抑制
(36字)〉
問5 タンパク質Rは頭部と胸部が形成されるべき前方と中央部において
腹部形成を抑制する役割を果たし, タンパク質 Qは腹部が形成されるべ
き後方において,RのmRNAの翻訳を阻害することにより,腹部形成
が抑制されないようにする役割を果たしている (と推測される)。
〈116字 (122字)〉
精講 重要事項の整理
■母性因子(母性効果因子)
卵形成の過程で蓄積され, 初期発生に重要な役割を果たす mRNA やタンパク質を
母性因子もしくは母性効果因子といい, その遺伝子を母性効果遺伝子という。 本題で
は遺伝子P(ビコイド遺伝子)や遺伝子Q (ナノス遺伝子) などが母性効果遺伝子, こ
れらのmRNA やタンパク質が母性因子で,タンパク質は他の遺伝子の転写や翻訳を
促進したり抑制したりする働きをもつ。 なお、母性効果遺伝子のmRNA も母性効果
遺伝子といい,タンパク質のみを母性因子という場合も多い。
■位置情報
濃度によって細胞に位置情報を与える。 本題ではタンパク質P(ビコイドタンパク質
の情報を基に細胞分化を行う。 位置情報を担う形態形成因子は濃度勾配を作り、その
細胞集合体の中で細胞が占める空間的位置を示す情報を位置情報といい, 細胞はこ
やタンパク質Q (ナノスタンパク質)などが濃度勾配を作る形態形成因子である。
問35 の解説
トレニア!
問1 次の手順で考えるとよい。
(1) 本実験にあたる図1(a) の正常胚と対照実験にあたる (b) の異常胚との唯一の条
件の違いはタンパク質Pの有無である。
〈2〉 頭部と胸部については,タンパク質Pありの図1(a)では形成されるのに、な
しの (b)では形成されないことから, 頭部と胸部が形成されるのはタンパク質P
のせいであることが明らかで, タンパク質Pは頭部と胸部の形成を促進すると
考えられる。 ① = x, ②=0.④=x
〈3〉 腹部については,タンパク質Pの有無にかかわらず図1(a) と (b)で形成される
ことから,タンパク質Pは腹部形成には無関係なことが明らかである。
..③ = x
問2図1の(a)と(c)ではともに,タンパク質Pの相対濃度6が頭部形成と胸部形成の
境目で,相対濃度1が胸部形成と腹部形成の境目になることがわかる。このことか
ら、タンパク質Pは自らが作り出す濃度勾配によって頭部形成と胸部形成のための
位置情報を与えるという形で,胚の前後軸パターン形成に関与すると考えられる。
なお,6以上と書くべきか6より上と書くべきか判断できないので解答例では6~
のように示したが,別解のように相対濃度6と1が境目になるという示し方でもよ
いだろう。
問3 次の手順で考えるとよい。
〈1〉 タンパク質Rがタンパク質Qを分解するのであれば、もともとタンパク質 Q
が合成されない前方と中央部でタンパク質Rが合成されて存在することの説
明がつかず,タンパク質Qが多く存在する後方でタンパク質Rが存在しない
ことの説明もつかない。 .. ①=x
〈2〉 タンパク質 Q が mRNA から翻訳されて生じるのは受精後であり、Rの
mRNA は受精時には既に蓄積されている。従って、 タンパク質QがRの転写
を制御することは不可能である。 ..③&④=x
〈3〉 残る②がで,タンパク質QがRの翻訳を阻害するのであれば 図2(a) と
(b)に示された結果を矛盾なく説明できる。
問4 下線部(エ)に本来は存在しないタンパク質Rを胚の後方で人為的に増やすと腹部
形成できなくなるとあるので, タンパク質Rは腹部形成を阻害すると考えられる。
そして,正常胚においてタンパク質Rが存在するのは頭部と胸部が形成されるべき
前方と中央部である。 これらのことから, 頭部と胸部が形成されるべき前方と中央
部において腹部形成を抑制するのがタンパク質Rの機能であると推測される。
問5 タンパク質Rの機能は腹部形成を阻害すること (問4) なので, 腹部が形成され
るべき後方でこのタンパク質Rが機能すると, 腹部を形成できなくなる。このため,
後方ではタンパク質Rに機能させないようにする必要があり、 この役割を果たすの
がRのmRNAの翻訳を阻害する (問3) タンパク質Qであると考えられる。 つまり.
前後軸パターン形成において、タンパク質Rは頭部と胸部が形成されるべき前方と
中央部の領域で腹部形成を抑制するという役割を果たしており, タンパク質 Qは腹
部が形成されるべき後方で, RのmRNAの翻訳を阻害することにより, 腹部形成
が抑制されないようにするという役割を果たしていると推測される。
第4章 生殖と発生
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ありがとうございます!
理解できました!!