国語
中学生
解決済み

これ答えはエなんですけど、なんでアはダメなんですか?🙇‍♀️

モテようと思うなら、私たちは、自分自身がどうし たいかにこだわらず、周りの好み、役割期待に自分を一 合わせることに長けていなければならない。周りはど んな人を好ましいと見ているか、どんな人を求めてい るか、そのジュョウに合わせて自分を演出し演じてい く。それが見かけも中身も伴ってうまくいくとき、周 りは彼女/彼を好ましい、いいな、と思う。 「モ テ」状況が到来する。 もう明らかであろう。「モテ」への道は、「私」を捨一 てること、失うこととつながっている。モテようとす ればするほど、私たちは自分はどうしたいかではなく、 周りの好み、基準に合わせる方向で努力をする。その 努力に抵抗感や違和感があるうちはまだよい。という より、抵抗感のある人はそもそもそんな努力をしよう とはあまり思わない。気恥ずかしい、柄じゃない、な ど自意識がじゃまをして努力できない。ゆえに、抵抗 なく「モテ」るための努力ができるということは、す でに自己喪失という領域に一歩足を踏み入れていると もいえる。「モテ」への道は自己喪失への道なのである。 「でもモテ努力は、あくまで外向けにゲーム感覚で やっているだけで、別にのめり込んでいるわけではな」
と。その感 覚はよくわかる。[c、周りの基準に合わせて評価 を得るというモテの原理は根が深い。ゲーム感覚と思 っていても、周りの人から見て好ましいと思われるか い」という人もいるだろう。 どうかを自分のチェックポイントとすれば、そのこと をつい気にせずにはいられなくなったり、人に評価さ れないと不安になったり、人に認められないと自分が 無に等しいような気がしてきたり…。程度の差はあ れ、症状が出るときには「私」全体に浸透した形で出 るだろう。 「でも私の場合、もともと自分のやりたいことと、 周りの好みがたまたま一致しているだけで、無理に自一 分を周りに合わせようとしているわけではない」とい う人もいるかもしれない。そういう人こそ要注意であ る。もしかしたら、もうすでに自己喪失が相当の水準 にまで達しているかもしれない。 世間の好みは、ファッションと同じように移り変わ る。そのため、モテ志向でいる限り、いつもその移り 変わりについていかなければならない。これは生き方 として負担が大きいのではないか。移ろいやすいもの に始終振り回されることになるし、モテ志向でありな がらそれができなくなってしまうとそれはそれでヒサー である くさやなぎち はや (草柳千早「〈脱·恋愛〉論』) 問 問
問八 本文の趣旨に最も合っているものを、次の中から一 つ選びなさい。 ア モテ志向を続けるなら、世間の好みに無理に自分を 合わせようとせず、自己喪失しないことが重要である。 ィ 本当にモテる人は、自分を変える努力をしなくても もともと周りの好みに自分が一致している人だ。 ウ モテる人の基準は不動のものなので、いったん合わ せることができればあとはそれを維持すればよい。 ェ モテるために世間の好みに自分を合わせていく生き 方は負担が大きく、うまくできなくなる場合もある。 (10点)

回答

✨ ベストアンサー ✨

例えば2段落 最初と最後
「モテ」への道は「私」を捨てること、失うこととつながっている
「モテ」への道は自己喪失への道なのである。

とあるように
モテるためには、自分を捨てて移り変わっていく世間の好みに常に合わせないといけない
というようなことを書いてます。

アは
モテ志向を続けるなら世間の好みに合わせず、自己喪失しないことが重要

なので本文と全く逆の意見

そうなんですね、ありがとうございます!

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