✨ คำตอบที่ดีที่สุด ✨
フランドルにもフランス王の臣下として領主(フランドル伯)がいます。フランス王としては、大きな利益が見込めるので王家をフランドル伯につけたいわけですが、もちろんフランドル伯は自分の支配を続けたいので、抵抗してイギリスと同盟します。しかし結局フランスは戦争などによってフランス王家をフランドル伯につけることに成功します。これにフランドルの市民たちが反対して、大きな貿易相手でありフランスと対立していたイギリス側に傾きました。結果、領主はフランス側、市民はイギリスという対立構造になりました。これが、フランドルをめぐる対立です。
戦争勃発の大きな原因には、そもそもの英仏の対立があります。イングランドのプランタジネット朝は、フランスのアンジュー伯アンリであるヘンリ2世から始まります。つまりヘンリ2世はイングランド王でありながら、フランスのいち臣下でした。そしてヘンリ2世はフランス領に領土を拡大し、フランスの西半分のほとんどを支配するようになります(アンジュー帝国)。もちろんフランスはよく思わないので、英王がジョンの時代には大部分を奪い返したり、それにまた対抗したり、、、と、こうして英仏は対立していきました。
長文すみません🥺
フランドル地方を巡る英仏の対立にはフランドルの住民たちも関係していたのですね!くわしく説明して下さりありがとうございました🙇🏻♀️´-