1647年、クロムウェルが率いる革命軍にチャールズ1世は捕らえられました。
しかし当時の革命軍には、独立派•長老派•水平派の3つの派閥がたり、激しい内部対立が起こっていました。
そこで、チャールズ1世は軟禁されていた場所から逃亡し、
1648年に第二次内乱を起こしました。
この内乱は結局鎮められ、チャールズ1世は再び捕らえられましたが、その後も、3つの派閥の対立を煽る姿勢を取り続けました。
そのため、クロムウェルは立憲君主主義であったため、ジェームズ1世を殺すつもりはありませんでしたが、これではまた内乱が起きると思い、1世に対して強い措置を取る必要があると考えました。
その結果、措置を決める裁判で国王を殺害するとなり、実行されました。
短くまとめたので詳しいことや前後の内容については
調べてみてください‼︎
個人的にわかりやすかったサイトのURLを貼っときます☺️
https://www.y-history.net/appendix/wh1001-027.html
全然大丈夫です!
ご丁寧に説明ありがとうございました‼︎
すいません‼︎誤字りました😭
3つの派閥があり です!
見づらくて申し訳ないです😭😭