かからむことなども、 言ひいでにすべりいで
なむは、見おくられて名残もをかしかりなむ。
思ひ出所ありて、いときはやかに起きて、
3
ろめきたちて、指貫の腰ごそごそとかはは結ひ
さぬき
こし
かぎぬ
なほし、上のきぬも、狩衣、袖かいまくりて、
よろとさし入れ、帯いとしたたかに結ひはてて、
えぼ
ついゐて、烏帽子の緒きとつよげに結ひ入れて、
あふぎたうがみ
かいすうる音して、扇・畳紙など、よべ枕上に
おきしかど、おのづから引かれ散りにけるをも
とむるに、くらければ、いかでかは見えむ、い
づらいづらとたたきわたし、見出でて、扇ふた
ふところがみ
ふたとつかひ、懐紙さし入れて、「まかりなむ。」
とばかりこそ言ふらめ。
まくらがみ
(反対に)思い出す所があって、 たいさうさっぱりと起き
出し、ばたばたと騒ぎ立てて、指貫の腰紐をがさごそと結
び直し、袍や狩衣も、袖をまくり上げて、きりと(手を)
通し、帯をたいそう固く結んで、膝まずいて、烏帽子の緒
をきゅっと強めに結びこめて、かき寄せる音がして、扇・
畳紙など、昨夜枕もとに置いたが、自然と散らかったのを
探すのだが、暗いので、どうして見えようか、どこだどこ
だと(あたりを)叩き回って、(ついに)探し出し、扇をばた
ぱたと使い、懐紙も(懐中に入れて、「帰るよ」とだけ言う
ようだ。