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国語 中学生

この文章のXにはどれが入りますか…??? それと問3と問4も教えてください🙇‍♀️

」次の文章は、中村雄二郎の『衛語集』〈印病い)の全文である。これを読んで、後の問いに答えなさい。 今日、健に対する人々の関心は驚くほど高い。異常といってもいいほどである。そのことはいろいろなかたちで表れてい る。たとえば、既成の錯分野の雑誌の多くが人々を惹きつけるテーマを欠いて困っているなかで、健康をテーマに“カカげ た雑誌はいくつも出て多くの読者を得ている。またデパートやスーペーマーケットなどに行くと、健康食品と銘打たれた特 別コーナーがしつらえられている。ふつうの死場のものは不畑康食品になりかねないように。他康幻趣とでも宮おうか 一般に人は、健康なときには自分の身体のことも健康のことも意識しないものであり、それを意識するのは、身体の不調な とき、〈病気》になったときである。だから、現在のように健康がことさらに強調され、主題化されているのは、 口というより、病気への適切な対し方が分からなくって、病気をただ怖れる気持がつよくなったからだろう。 人間は、きわめて複雑な仕組みをもった生命有機体であり、精神=身体的存在である。だから、その働きに故障が起き不調 に悩まされることはいつの時代にもあったし、いつでも病気は怖れられた。ただ今日違うのは、かつてのように病気が私たち の生活や経験の一深ではなくなって、もっぱら医学的治寮の対象になったことである。つまり病気は、客観化できるかぎりの もの、抽象的なものとして扱われるようになったわけだ 病気と裏表の関係にある他康ということばが今日ひどく空々しく、つくりものじみて聞こえるのはそのためであろう。現 在では、病気は、人々の間で医学知識が増え、進んできたのに、いろいろなかたちで畿われて、その本来の姿が大そう見えに くくなったのである。しかし、どうして病気は、私たちの生活や経験の一環でなくなり、医学的治療だけの対象になったのか その理由として考えられるのは、なによりも、近代医学が中川米造氏(「二十一世紀の医療を担うためにー医者の五つの N 顔」ー九八三年)の言う、 は四つの顔があった。魔法医、学者 (識の伝承者)、科学者、技術者の四つがそれである。これらのうち魔治優というのは アフリカやインドドの文字通りの魔法医のことだけでなく、患者に対して権威的かつ神秘的に演ずる医者一般の一面をも指して 学者の医学、按術者の医学になったことであろう。中川氏は述べている。これまでの医者に

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古文 高校生

わぶりてなむ、がダメな理由は?

20 の の 2 3 その事果てなば、とく帰るべし。 【練習ドリル】の解答 ]の中の語を正しく活用させて入れよ。 下にある接続助詞が何形に接続するものか考えて入れる。 次の一 0二人|行く|ど行き過ぎがたし。 →O「ど」の上は己然形。「行く」はカ行四段活用動詞。 二人で行くけれど通り過ぎるのが難しい @いたく思ひ|わぶ|てなむ侍る。 →@「て」の上は連用形。「わぶ」はバ行上二段活用動詞。 たいへん思い悩んでおります →「ば」の上は未然形か、巳然形になるが、過去の助動詞「けり」の未然形 がつく「けらば」の形は存在しない。 切り株のありけり|ば、「切杭の僧正」とぞ言ひける。 切り株があったので、「切杭の僧正」と(世間の人々は)言った。 我が身一つ一なり|ば、安らかならまし。 文末にある助動詞「まし」に注目すると、ここの「ば」は「未然形+ば 自分の身体一つであったならば、心安らかだっただろうに。 ~まし」という反実仮想の構文を作っている。「なり」は断定の助動詞。 けれ い なら 次の例文の空欄に「て」「で」のいずれかを入れよ。 「て」「で」は接続と、前後の意味のつながりに注意する。「出で」は下二 段動詞なので、未然形と連用形の形が同じ。よって前後の関係で入れるもの を決める。 O「月が出」ないので「闇になる」と考えられる。打消接続の「で」を入れ る。上の「出で」は未然形。 N 月も出で一 |闇に暮れたる嫉捨に何とて今宵訪ね来つらむ 月も出ないで闇に暮れている嫉捨にどうして今晩訪ねて来たのだろう 朝霧の乱るる心、言に出で一 言はばゆゆし。 朝霧のように乱れる心を、言葉に出して言ってしまうならば大変なことだ。 →@「言葉に出し」て「言う」という関係になる。単純接続の「て」が入る。 上の「出で」は連用形。

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