【国風文化の一浄土信仰 仏像彫刻】次の文章を読み, 下の問いに答えよ。
摂関政治の時代は,現世利益を求める貴族と密接な関係を持ち,また宮中での法会が重要な位置を占
めたことから,天谷宗真言宗が大きな力を持っていた。その一方で,阿弥陀仏を信じて極楽浄土への
往生を願う。浄土信仰が庶民だけでなく貴族社会にも広く浸透したが,その背景には。未法思想の広がり
があった。藤原道長が建立した( ① )や, その子の藤原頼通が建立した( ② )は当時を代表する阿弥
>&( 4Y)
ほうえ
しんごんしゅう
おうじょう
あみだぶつ
こくらくじょう ど
まっぽう
こんりゅう
よりみち
ほんぞん
陀堂建築である。 その本尊である仏像を作った仏師( )は,一木造に代わる( )の手法で末法思
想を背景とする仏像の大量需要にこたえた。また,貴族は末法思想だけでなく物忌や( ⑤ )など, 日常
ぶっし
(1>C>141
ものいみ
きっきょう
的に吉凶にこだわったため,行動には大きな制約があった。
問1 空欄( 0 )~( ⑤ )に適する語句を答えよ。
下線部(a)と関係の深いことがらを次から一つ選べ。
ア.御霊会
問3 下線部(b)について, 浄土信仰に関係のある人物A~Cと
問2
りょう え
そくしんじょうぶつ
かじきとう
しんぜん どきょう
イ.即身成仏
ウ.加持祈橋
エ.神前読経
その説明文ア~ウとを正しく結びつけよ。
A. 空也
おうじょうようしゅう
ア.『往生要集」を著し念仏往生の実践を説いた。
くうや
げんしん えしんそう ず
よししげのやすたね
B.源信(恵心僧都)
C. 慶滋保胤
ねんぶつ
いちのひじり
イ、京の市で浄土信仰を説き, 市聖とよばれた。
ウ.念仏によって極楽往生をとげた人々の伝記を集めた
にほんおうじょうごくらくき
『日本往生極楽記』を著した。
問4 下線部(c)について, 西暦何年から末法に入ると考えられ
ていたか。
おうじう
問5 右の図は往生する人を迎えるため阿弥陀仏が来臨する様
子を描いたものである。 これを何というか。
Y19
上せぎづくり
寄木造
問5 未迎図
マ
③ 定朝
問4 /052年
①活成書 ②平等院鳳風堂
の
問1
問2
問3 A
つ
日
LL