四次
の………の左側は現代語訳です。)
つかひ
思ひ寄らざるほどに、いとありがたくあはれに覚ゆ。中にも、この使
(正算僧都は)思ってもみなかったことで
の男の、いと寒げに、深き雪を分け来たるがいとほしければ、まづ火な
ウ
Hmmm
はし
ど焼きて、この持ち来たるものして食はす。今食はんとするほどに、箸
おと
うち立て、はらはらと涙を落して食はずなりぬるを、いとあやしくて
たてまつ たま
故を問ふ。答へていふやう、この奉り給へるものは、なほざりにて出来
(母上が)差し上げなさった たやすく
はべ
はうばう
ごぜん
たるものにも侍らず。方々尋ねられつれどもかなはで、母御前のみづ
みぐし
お頼みになったけれども
かは
から御髪の下を切りて、人にたびて、その替りを、わりなくして奉り給
たいへん苦労して
お与えになって
つかまつ
へるなり。ただ今これを食べんと仕るに、かの御志の深きあはれさを思
げらふ
ひ出でて、下﨟にては侍れど、いと悲して、胸ふたがりて、いかにも
ふさがって
喉へ入り侍らぬなりといふ。これを聞きて、おろそかに覚えんやはや
久しく涙流しける。
ほっしんしゅう
(『発心集』による)