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現代文 高校生

現代文の記述です。答え合わせして欲しいです。 あと記述の答え合わせの仕方がわかりません。時間があれば答え合わせの仕方のアドバイスもいただければ嬉しいです。

に対して ニッチという言葉がある。これはもともと生物学用語で“くぼみ” を意味し、ある種が生態系の中で分担している持ち場のことをさす。 生物はニッチ間で、絶えず物質・エネルギー・情報のパスを繰り返し はいせつ ている。それはあるときは食う・食われるの緊張関係であり、また別 のときは呼気中の二酸化炭素を炭水化物に還元し、排泄物を浄化して くれる相互依存関係でもある。つまりすべての生物は地球の循環のダ イナミクス、すなわち動的平衡を支えるプレーヤーといえる。蚊やゴ キブリのような「害虫」であっても、 プレーヤーが急に消滅すること ぜいじゃく は、平衡を脆弱にし、乱すことに直結する。ちゃ かくらん 2 だから生物多様性を保全することはそれを攪乱した人間の当然の" 責務である。しかし今、問題は、生物多様性を資源ととらえそれを囲 い込もうとする側と、自由なアクセスを制限されたくない側との対立 にすりかわっている。そもそも生物多様性とは人間の専有物だろうか。 ③ まったくの否である。生命38億年の歴史において人間が現れたの は多めに見積もっても、たかだかここ数百万年のこと。多様性はすで b に作り出されたものとしてあり、彼らの蓄積の上に私たちの存在が成 り立った。(中略) 私たちは、最後の瞬間にやってきた新参者であるにもかかわらず、 進化の歴史が膨大な時間をかけて作り上げたこの多様性を独り占めし ようとしている。この企ては何をもたらすだろうか。 示準化石という ものがある。それが見つかることによって地層の地質年代を言い当て ることができる化石のことである。三葉虫は古生代の、アンモナイト は中生代の示準化石である。 示準化石には条件がある。 現生しない生 物の化石であること。分布領域が広く多数発見できること。短期間の み栄えた生物であること。急速に専有を目指した種は、それゆえにこ 3 そ急速に滅びに向かう。 何億年か先、人類が ]となることは 間違いない。 古生代 entrem 5

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化学 高校生

高1化学基礎です。 塩が酸性塩・塩基性塩のときの水溶液の性質で、 酸性塩→酸性 塩基性塩→塩基性 となるのが一般的なのでしょうか? 酸性塩のNaHCO3は塩基性というのは例外ですか? ややこしくて分からないです、、、 正塩の水溶液の性質はもとの酸と塩基の強弱によって... 続きを読む

B塩 ●塩とその分類 中和反応において酸の陰イオンと塩基の陽イオンから生成した化 えん 合物を塩という。 塩は, その組成により分類される。 酸に由来するHが残って えんきせいえん いる塩を 酸性塩, 塩基に由来する OH が残っている塩を塩基性塩, 酸に由来する さんせいえん Hも塩基に由来する OH も残っていない塩を正塩という(表3)。 せいえん 表3 塩の分類 これらの分類は塩の組成によるものであり, 塩の水溶液の性質とは関係ない。 塩の例 分類 組成 酸性塩 酸に由来するHが残っている塩 塩基性塩 塩基に由来する OH が残っている塩 正塩 酸に由来するHも塩基に由来する OH も | 残っていない塩 ② ①表4 正塩の水溶液の性質 分類 強酸と強塩基 からなる正塩 強酸と弱塩基 からなる正塩 弱酸と強塩基 からなる正塩 水溶液の性質 中性 1 ●塩の水溶液の性質 塩の水溶液は必ずしも中性とは限らない。 例えば,同じ酸 性塩でも,硫酸水素ナトリウム NaHSO の水溶液は酸性を, 炭酸水素ナトリウム NaHCO3 の水溶液は塩基性を示す。 また,一般に, 強酸と強塩基から生じた正塩 の水溶液の性質は中性であるが,強酸と弱塩基から生じた正塩の水溶液は酸性を, 弱酸と強塩基から生じた正塩の水溶液は塩基性を示す。 ► p.119 炭酸水素ナトリウム 硫酸水素ナトリウム 塩化水酸化マグネシウム 塩化水酸化銅(ⅡI) 塩化ナトリウム 硫酸アンモニウム 酢酸ナトリウム 酸性 塩基性 116 第2編 物質の変化 正塩の例 NaCl KNO3 NH4Cl CuSO4 CH3COONa Na2CO3 もとの酸 HCI HNO3 HCI NaHCO3| NaHSO4 MgCl(OH) CuCl (OH) NaCl H2SO4 CH3COOH H2CO3 (NH4)2SO4 CH3COONa もとの塩基 強酸 NaOH 強塩基 強酸 KOH 強塩基 強酸 NH3 弱塩基 強酸 Cu(OH)2 弱塩基 弱酸 NaOH 強塩基 弱酸 NaOH 強塩基 問6 次の正塩のもとの酸と塩基の化学式を示し,塩の水溶液が何性を示すか答えよ。 (1) (CH3COO)2Ca ( 2 ) Na2SO4 (3) NH4NO3 (4) Cu(NO3) 2 A 実験 ⑩ 塩の水溶液のpHを測定し,塩の水溶液の性質について確かめてみよう(► p.117)。 10 Na+ + HSO4- HSO4 ②弱酸と弱塩基からなる正塩の水溶液の性質は,物質によって異なる。 H+ + SO² のように電離して酸性を示す ( ① NaHSO4 ► p.119).

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化学 高校生

六方最密構造を形成しているのかと考えたのですが、それが誤りだというのをどこから判断すべきかわからないため、教えていただきたいです。 また、(2)の考え方も教えていただきたいです🙇

ある単体の金属結晶模型を組み立てる方法について考えてみよう。 金属原子を PARFOI FONT 197 硬い球と近似し,以下の順序で組み立てる。まず,球を平面に敷き詰めると, 最密充填構造は図1(a)のようになり、球①の周りには球②~⑦が接する。次に, この第1層上に球を最密に敷き詰めるため,図 1(b)のように,第1層にできたく ぼみの上に球⑧~⑩0の要領で球を積み重ね、これを第2層とする。さらに,第3 層として、第2層の上に図1 (C) のように球①~13の要領で球を積み重ねる。この 第3層上に,第1層, 第2層 第3層の順に球を積み重ねる操作を繰り返す。 (a) (b) T 6 6 5 Orxs 5 on ② モル .0 6 11 82 10 e.Ti- 5 12 00.g() 9 3 OS. L 401×88.0 13 ( たとえば塩化ナトリウム図1 ている 200mlの水のモル濃度 である。 設問(1): 組み立てようとしている結晶格子の名称を答えよ。また,この結晶格子 では、1個の球のまわりに何個の球が接しているか答えよ。 に何 設問(2) 図1の球① ~ 13 のうち、球 ⑦ との中心間距離が,組み立てようとしてい 溶けて RICH る結晶の単位格子の一辺の長さと等しい球の番号を答えよ。ただし、 該当する球は一つとは限らない。 該当する球の番号がない場合は 「なし」 と答えよ。 設問(3) 金属が延性や展性を示す理由を, 金属結合の特徴と関連づけて60字以 内で記せ。

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現代文 高校生

なぜ写真の答えになるのかがわかりません。

5 10 第三語 社会 六山崎 正和『日本文化と個人主義』 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 明治から大正の前半にかけて、日本の知的社会の構造は単純であって、ひと握りのエリートと 大多数の大衆に二分されるだけであった。もちろん、知的な階層性は経済的な階級性とは異なり、 上下の差は漸層的なものであって、かなりの程度に主観的な要素によって作り出される。経済的 な力とは違って、知的な優越性は個人の努力によって達成されやすいし、実際、日本の近代化の 過程で知的なエリート、あるいはエリートだと自認する人間の数は着実に増えて来た。しかし、 この過程を支配していたのはあくまでも二極対立的な価値観であり、一方に エリート、他方に大 衆、いいかえれば「学界」と草の根層を対置する単純な社会の構図であった。 これにたいして、大正後期に始まった知識社会の急激な膨張、いいかえれば、知的な階層性の こ州。 急速な暖味化は、ム皮肉なことに、知識人のあいだにかえって主観的な階層性の意識を増大した。 本来、エリートとは定義上、選ばれた少数者のことであるから、その数が膨張することは一 そのさい膨張したエリート階層のなかに新たな区別の意識が芽ばえ、純粋なエリートとそれに準 ずる人間を階層化しようとするのは、自然な心理の動きであろう。その結果、昭和初年の日本に 現れたのは、エリートとそれに準ずる知的な中間階層、ならびに旧来の大衆層からなる、いわば 1三層構造を持った知的社会であった。 Mどんな場合にも、社会の階層的な区別は、区別によって下積みに置かれた側によってまず鋭く 5 意識される。新たな階層化の出現を意識したのは、いうまでもなく であり、それとともに 急成長を見せた新聞、出版ジャーナリズムであった。一九一七年、ロシアに起った革命は、その なかで活躍した仮体制説な知識人、いわゆるインテリゲンチャの存在を世界に知らしめた。日本 でもこの言葉が輸入され、やがてその短縮型「インテリ」が流行語になるにつれて、これは新し い知的な中間階層がみずからを同定し、呼びならわすための恰好の用語となった。昭和初期の知 識社会は、主として学界に生きる専門研究者と、主としてジャーナリズムに拠るインテリのあい だで、しだいに目に見えるかたちで分裂を深めて行った。新興のインテリの複雑な『自悔の感情 と学界人への反抗心は、昭和二年(一九二七)七月の日付を持つ、「岩波文庫」の発刊の辞にじつ にみごとに要約されている。 の真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。 、もる S かつては民を愚味ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と 美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文一 庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある(フキュウの書を少数者の書斎 と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。 ら流行の社会主義用語をちりばめながら、ここで筆者が直接の敵としているのは、「少数者の書斎8 と研究室」である。はたして、知識と美が特権階級に独占されうるものかどうか疑わしいし、そ れが物質のように奪い返せるかどうかもっと疑わしいが、ともかく、この筆者の眼にある種の知 識人が特権階級のように見えていたことは、確実である。 そして、さらに確実なことは、この将権階級が社会的にどういう地位にあるかは問わず、少な

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現代文 高校生

なぜ、写真の答えになるのかがわかりません!

10 第三調 社会 六山崎 正和『日本文化と個人主義』 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 明治から大正の前半にかけて、日本の知的社会の構造は単純であって、ひと握りのエリートと 大多数の大衆に二分されるだけであった。もちろん、知的な階層性は経済的な階級性とは異なり、 上下の差は漸層的なものであって、かなりの程度に主観的な要素によって作り出される。経済的 な力とは違って、知的な優越性は個人の努力によって達成されやすいし、実際、日本の近代化の 過程で知的なエリート、あるいはエリートだと自認する人間の数は着実に増えて来た。しかし、 この過程を支配していたのはあくまでも二極対立的な価値観であり、一方にエリート、他方に大 衆、いいかえれば「学界」と草の根層を対置する単純な社会の構図であった。 )これにたいして、大正後期に始まった知識社会の急激な膨張、いいかえれば、知的な階層性の 二州。 急速な暖味化は、“皮肉なことに、知識人のあいだにかえって主観的な階層性の意識を増大した。 本来、エリートとは定義上、選ばれた少数者のことであるから、その数が膨張することは一 そのさい膨張したエリート階層のなかに新たな区別の意識が芽ばえ、純粋なエリートとそれに準 ずる人間を階層化しようとするのは、自然な心理の動きであろう。その結果、昭和初年の日本に 現れたのは、エリートとそれに準ずる知的な中間階層、ならびに旧来の大衆層からなる、いわば 三層構造を持った知的社会であった。 Mどんな場合にも、社会の階層的な区別は、区別によって下積みに置かれた側によってまず鋭く6 意識される。新たな階層化の出現を意識したのは、いうまでもなく一 であり、それとともに 急成長を見せた新聞、出版ジャーナリズムであった。一九一七年、ロシアに起った革命は、その なかで活躍した仮体制誘な知識人、いわゆるインテリゲンチャの存在を世界に知らしめた。日本 でもこの言葉が輸入され、やがてその短縮型「インテリ」が流行語になるにつれて、これは新し い知的な中間階層がみずからを同定し、呼びならわすための恰好の用語となった。昭和初期の知 0 識社会は、主として学界に生きる専門研究者と、主としてジャーナリズムに拠るインテリのあい だで、しだいに目に見えるかたちで分裂を深めて行った。新興のインテリの複雑な王自侍の感情 と学界人への反抗心は、昭和二年(一九二七)七月の日付を持つ、「岩波文庫」の発刊の辞にじつ にみごとに要約されている。 I真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。 S。 かつては民を愚味ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と 美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文 庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある(フキュウの書を少数者の書斎 と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。 5流行の社会主義用語をちりばめながら、ここで筆者が直接の敵としているのは、「少数者の書斎s と研究室」である。はたして、知識と美が特権階級に独占されうるものかどうか疑わしいし、そ れが物質のように奪い返せるかどうかもっと疑わしいが、ともかく、この筆者の眼にある種の知 識人が特権階級のように見えていたことは、確実である。 宅して、さらに確実なことは、この将権階級が社会的にどういう地位にあるかは問わず、少な

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