✨ ベストアンサー ✨
ロシアのバルカン半島進出を恐れたからです。
サン・ステファノ条約では、黒海沿岸の領地がロシアに割譲されました。
また、ブルガリアへ自治権も与えられましたが、ブルガリアは事実上、ロシアの保護下におかれていました。
つまり、ロシアの勢力が、地中海にも及んでしまったんです。
ロシアは、バルカン半島のスラヴ系民族の独立と統一をめざしていました。(パン=スラヴ主義といいます)
ロシアによる地中海進出は、バルカン半島の力関係を揺るがすことでした。
ロシアが、バルカン半島から西アジアへ、黒海から西地中海に進出することは、西アジアとインドの権益を持つイギリスにとって、大きな脅威でした。
オーストリアは、ロシアのパン=スラヴ主義と対立する、パン=ゲルマン主義(ヨーロッパ各地のゲルマン民族の統一を図ろうとする思想)だったため、ロシアのバルカン半島進出に反発しました。
だから、オーストラリア・イギリスは、サン・ステファノ条約に反対したんです。
スッキリしました、ありがとうございます!