歴史
中学生

お願いです

南蛮貿易とキリスト教の布教とは、どのような関係にあったか
イエズス会の立場からできるだけ詳しく書きなさい

教えて頂きたいです

回答

ポルトガル人やスペイン人のことを南蛮人、彼らとの貿易を南蛮貿易といいます。

当時、ヨーロッパではプロテスタントの動きが活発でしたが、カトリック側も勢力の挽回をはかって、アジアでの布教に力を入れる修道会もたくさんありました。
その一つがイエズス会です。

南蛮貿易とキリスト教の布教は、一体化して行われました。

ポルトガル船は、キリスト教の布教を認める港に入港しました。そこで、ポルトガルとの貿易を望む大名は、こぞって布教に協力しました。

(キリスト教の熱心な信者となって洗礼を受けた大名のことを「キリシタン大名」といいます)

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1543(天文12)年にポルトガル人を乗せた中国船が九州南方の種子島に漂着した(1542(天文11)年とする説もある)。この船は、密貿易商人で倭寇の頭目でもあった中国人王直おうちょく(?〜1559)のもち船で、その船がこの海域を航行していたのは、九州の五島・平戸が当時王直の活動拠点となっていたためである。ポルトガル人はこのような密貿易商人・倭寇の船に同乗し、漂着したのであるが、これがヨーロッパ人が日本に来た最初となった。このとき、島主の種子島時尭たねがしまときたか(1528〜79)はポルトガル人のもっていた鉄砲(火縄銃)を求め、家臣にその使用法と製造法を学ばせた。これを契機に、ポルトガル人は毎年のように九州の諸港に来航し、日本との貿易を行った。またスペイン人も、おくれて184(天正12)年、肥前の平戸に来航し、日本との貿易を開始した。

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