✨ ベストアンサー ✨
一条鞭法は両税法に変わって明代に施行された税制。また、賦役と徭役を銀納で一本化したものです。
地丁銀制は清代に施行された税制で、丁銀(人頭税)を地銀に組み込んだもので、人頭税が実質廃止になったのでこれ以後に人口が急増しました。
これで理解できますか?m(_ _)m
とても納得しました!ありがとうございました🥰
良かったです!(*´▽`*)
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一条鞭法は両税法に変わって明代に施行された税制。また、賦役と徭役を銀納で一本化したものです。
地丁銀制は清代に施行された税制で、丁銀(人頭税)を地銀に組み込んだもので、人頭税が実質廃止になったのでこれ以後に人口が急増しました。
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別解
一条鞭法は明代後半から清初にかけて実施された税制です。それに対し地丁銀制は、清の第4代皇帝、康煕帝時代に始まり5代雍正帝時代には全国で実施された、清代の新税制です。また共に、土地税と人頭税を一括して銀で納めるシステム。厳密に言えば、一条鞭法はあくまで両者を一括銀納としましたが、地丁銀制は土地税(地銀)に人頭税(丁銀)を練り込むとし、人頭税を廃止しました。
補足
2つとも、銀へ経済を移す税制ですが、一条鞭法は農村では失敗・地丁銀で成功しました。
一条鞭法はただ経済を銀中心に変える税制なので農村には波及せず、地丁銀はそれに基づいて土地所有者に銀納を貸したので全国的に普及しました。
一条鞭法は明の万暦帝、地丁銀は清の康熙帝〜乾隆帝の頃に普及した、という時期と覚えた方が良いと思います。また、地丁銀制には人頭税の廃止が盛り込まれて、届出人口増加に繋がったことも重要です。税制そのものの違いよりも一条鞭法から地丁銀になって何が変わったかが大切だと思います。
何かあれば言って下さい!m(_ _)m