✨ ベストアンサー ✨
オスマン帝国が聖地イェルサレムを支配
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イェルサレムの中のキリスト教聖地はフランスが管理するようになる
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フランス革命でフランスがゴタゴタしている間に、管理権が正教徒に移る
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ナポレオン3世がオスマン帝国に圧力をかけ、フランスが再び聖地管理権を獲得
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これに反発して、ロシアが正教徒の保護のための「同盟」をオスマン帝国に申し込む
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オスマン帝国が拒否したので、開戦
こんな感じですかね。もちろん、正教徒の保護や聖地管理権は戦争の口実で、ロシア本当の目的はクリミア半島などの確保です。
ロシアの港は冬になると、海が凍ってしまうので、冬でも凍らない南の土地を求めて領土を広げようとしました(南下政策)。日露戦争も満洲や朝鮮を確保したい日本とロシアの対立が原因だったおと思います!
聖地の管理権がどの程度のものだったかは勉強不足でわかませんが、おそらくエルサレム中でもキリスト教にとって重要な聖墳墓教会の運営などだと思います。
キリストの墓とされる正墳墓教会を管理することは国内外のキリスト教徒にとって重要なことなんだった思います。(ナポレオン3世は自らの支持率upを狙った。)
ただ結局は宗教的な理由というより、それを口実に支持率upやオスマン帝国の領土に干渉したいだけでしょうかね。
回答になりましたか?😅
なるほど、ありがとうございます!
管理権があるのとないのではどのような違いがありますか?