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日本史B

大化の改新

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◇ ミ ズホ ◇

◇ ミ ズホ ◇

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ノートテキスト

ページ1:

其の一に曰く、「昔在の天皇等の立てたまへる子代の民、処々の
屯倉、及び別には臣・連伴造・国造・村首の所有てる部曲の
民、処々の田荘を罷めよ。
仍りて食封を太夫以上に賜ふこと、各差あらむ。」
子代の民・倉←天皇家の私有民・地
部曲・田荘 ←豪族の私有民・地
を廃止→かわりに役人として食封(じきふ)をおく。
郡評論争
其の二に曰く、「初めて京都を修め、畿内・国司・郡司を置き...」
国→郡→里設置による地方行政組織
こおり
藤原京の木に「評」の
記載あり。
「郡」の使用は大宝律令以降?
其の三に曰く、「初めて戸籍・計帳・班田収授の法を造れ。」
戸籍・計帳の作成→班田収授の実施へ
⑤中大兄皇子の権力拡大
蘇我倉山田石川麻呂や有間皇子(孝徳太子の皇子)が
滅ぼされる

ページ2:

1.大化の改新の天智朝
1.大化改新
A.背景
・厩戸王没(622)、推古天皇没(628)による蘇我氏の専横
(蝦夷・入鹿親子)
→山背大兄王(厩戸王の子)を滅ぼす (643)
・留学生・僧の帰国による新知識の流入
→王族中心の中央集権体制を目指す勢力が出現
B.乙巳の変…大化改新はじまりのクーデター (645)
・中臣鎌足・蘇我倉山田石川麻呂の協力を得た中大!
兄皇子によるクーデター
→入鹿殺害 父蝦夷自殺
C.大化の新政府
①新人事・・・孝徳天皇(軽皇子)の即位(←皇極天皇)
・皇太子中大臣皇子
・左大臣:阿部内麻呂
・右大臣 蘇我倉山田石川麻呂
•
内臣(うちおつみ) 中臣鎌足
・国博士:高向玄理・旻(608年の遣隋使に同行)
②年号…大化
③遷都・難波
④改新の詔(646)…政府の基本方針
マニフェスト
→大宝律令で完成
50年かかって実現