✨ Jawaban Terbaik ✨
よく、
〇〇の変(乱)に際し、〇〇一族を滅ぼした
と言う記述があります。これは明確には誤りであるケースが多く、正確には勢力を削減したと言うべき時が多々あります。
今回のケースも実態は、権勢を誇っていた蘇我氏自体が乙巳の変で完全滅亡したわけではなく、蘇我宗家を滅ぼすことで蘇我氏全体の権力・影響力の削減をしたと見るべきでしょう。この際反蘇我の動きを察知される事を避けるために、石川麻呂との婚籍関係を作り、油断させたということです。
日本史の飛鳥時代の範囲です
参考書の中臣鎌足の説明の欄に、「乙巳の変に際して、蘇我一族を分裂させるために蘇我倉山田石川麻呂の娘を中大兄皇子に嫁がせたりして、蘇我入鹿を油断させた。」とあるのですが、どういうことですか?
教えていただけると幸いです🙇
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よく、
〇〇の変(乱)に際し、〇〇一族を滅ぼした
と言う記述があります。これは明確には誤りであるケースが多く、正確には勢力を削減したと言うべき時が多々あります。
今回のケースも実態は、権勢を誇っていた蘇我氏自体が乙巳の変で完全滅亡したわけではなく、蘇我宗家を滅ぼすことで蘇我氏全体の権力・影響力の削減をしたと見るべきでしょう。この際反蘇我の動きを察知される事を避けるために、石川麻呂との婚籍関係を作り、油断させたということです。
乙巳の変の背景として、蘇我蝦夷の大臣の地位を蘇我入鹿が引い継いだことに蘇我倉山田石川麻呂が不満を持っており、そのことを知った中臣鎌足は石川麻呂の娘を葛城王(後の天智天皇)に嫁がせ、石川麻呂を葛城王側に引き入れたことがあります。これによって蘇我氏の内部対立があらわとなったと理解していたので、確かに「蘇我入鹿を油断させた」というのは意味がわからないですね。教科書をベースにこのことを理解するのであれば、唐が中国を統一し周辺を圧迫し始めると、朝鮮半島では権力集中の動きが起こり、それが倭国にも波及した。倭国では蘇我入鹿が古人大兄皇子を傀儡として即位させ、入鹿みずからが権力を集中させようとする動きがおこり、山背大兄王が殺害される。このことに危機感を強めた王族(軽皇子=後の孝徳天皇、葛城王)に中臣鎌足が接近し、乙巳の変で蘇我入鹿を滅ぼして王族中心の権力集中を実現させたという流れでいいのではないでしょうか。
自分の中で考えが整理できました!!
詳しく教えてくださりありがとうございました!!
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その発想はまったくありませんでした…
教えてくださりありがとうございました!!