✨ 最佳解答 ✨
稲荷山古墳は埼玉県にある、古墳時代中期から後期の古墳です。
稲荷山古墳出土の鉄剣には「辛亥年…獲加多支鹵(←ワカタケル)大王…」という銘文が彫られています。
(獲加多支鹵大王とは、5世紀末頃のヤマト政権の天皇であった雄略天皇のことです。478年、宋の順帝に上表文を奉りました。)
辛亥年=471年 という説が有力ですが、その場合、5世紀末にはヤマト政権の支配が東国にまで及んでいたということになります。
答えは、
「ヤマト政権の支配が東国まで及んでいたということ。」
で大丈夫だと思います。
(ちなみに江田船山古墳出土鉄刀にも「獲加多支鹵大王」と思われる文字が彫られています。この古墳は熊本県にあるので、もしかしたら熊本県までにも支配が及んでいたかもしれない、ということになります。)
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