✨ 最佳解答 ✨
1978年ソ連のアフガニスタン侵攻…1978年にアフガニスタンで共産党政権(アフガニスタン人民民主党)が成立したが、それに対抗する動きが全土に広がり共産党政権を支援するためにソ連がアフガニスタンに侵攻しました。(結局内戦を鎮圧できず、軍事費がかさんで財政が悪化し1989年に撤退。)
1991年湾岸戦争…イラクが隣の国のクウェートに侵攻。その後もイラクが撤退しないため、強制措置としてアメリカが主導する多国籍軍が結成、多国籍軍とイラクの間に開戦。結果としてイラクはクウェートから撤退。多国籍軍の監視下に置かれ厳しい経済制裁などを受けました。日本は多国籍軍に加わりはしませんでしたが、多額の資金提供を行い、始めての自衛隊の海外派遣を行ったりしました。
1991年ユーゴスラヴィア紛争…ユーゴスラヴィア連邦で民族間の対立から起こった内戦。スロヴェニア、クロアティア、マケドニア、ボスニア=ヘルツェゴビナなどが独立を宣言しましたが、セルビアとモンテネグロは連邦の維持を表明し、ユーゴスラヴィアの解体が始まりました。
2001年アメリカ同時多発テロ…イスラム過激派組織アルカーイダが起こした4つのテロ。このテロの首謀者をアフガニスタンが匿っているとして、アメリカがアフガニスタンに侵攻。2021年にアメリカ軍は撤退しました。
2003年イラク戦争…イラクが大量破壊兵器を所持しているとしてアメリカが侵攻。当時のイラクのフセイン政権を倒した。フセインはその後処刑されました。(大量破壊兵器の開発は嘘だということを亡命したイラク人男性が告白。フセイン政権を倒すためにでっちあげたことを認めた。)