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日本史B

日本史!〜戦国時代〜

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さきち

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ページ1:

戦国時代!
No.
Date
応仁の乱後、守護大名の力は弱くなって・・・
守護代や有力国人(在地して、地元での実質的な
支配力を持っていた武士たち)の力が増大!
この国人たちの中には、国一揆を結ぶ者もいた
国人や地侍が主体となり、さらには農民層と
連携して、守護大名の支配や外部から政治的
圧力の介入、争乱から地域の秩序を守る
などの目的で起こされた一揆!!
国人一揆という言葉もあるが、農民が関わるかという点で
国一揆とは違う
この国一揆で有名なのが山城の国一揆
どういうことかというと、
6
(1485年)
応仁の乱で対立していた畠山義就と政長は
応仁の乱後も、畠山氏が守護を務める山城国
で武力衝突を繰り返す
領民にしてみたら、民家は焼かれるし、田畑は
荒らされるし、いい加減にして!という感じ。
もう我慢できない
そこで、山城の国人が集結し、議会を開き、畠山氏
に退陣要求をすることを決定、畠山氏に「南山城に
もう入るな」「荒らした荘園(寺社のもの)は元に戻して」
「新しい関所も作るな」「これを守らないなら、武力行
使する」という内容をつきつけて、畠山氏の退陣に成功。
山城国が有力守護に支配されているのがイヤだった幕府
もこれを黙認

ページ2:

Date
こうして8年間、山城国では一揆による自治的
な支配が実現!しかし国人たちの対立などから
8年で終わってしまった。
さ
そして…有名な国一揆であり、一向一揆が入
加賀の一向一揆(1488年)
守護富樫政親が浄土真宗の連如に
応援を依頼して、門徒たちの力を借りて弟との争い
に勝ったという経緯があった
・なのに、やっぱり浄土真宗の門徒の力が増すの
ではないかと彼らの弾圧を始めた
怒った門徒は国人と手を結び、政親を討った
信長に制圧されるまで約100年もこの一揆が
実質的に加賀を支配した立
応仁の乱後、各地に幕府から自立した独自の
権力の戦国大名が現れた
幕府の実権は管領細川氏から、家臣の三好長慶
べ。さらにはその家臣の松永久秀に移っていった
また、戦国大名の先駆けといわれた北条早雲は
堀越公方(初代・政知の死去後に、長男がどういう訳か跡を継げ
ないらしく、異母弟とその母を殺した。しかし、殺された第の同母弟は11代
将軍義澄で、このことを早雲に相談。その結果、早雲は長男茶々丸
を自害に追いこんだりを滅ぼした
もうこの頃には堀越公方の権力は余りなく、後任はおかれなかった
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