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中学歴史〜昭和恐慌と政党内閣の危機〜

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さきち

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ノートテキスト

ページ1:

①「寛政の常道」:一大政党の党首が内閣を組織する慣
・1924年の加藤高明内閣以降、憲政会(後の立憲民政党)
と立憲政友会とが交互に政権を担当した。
②1928年、初の男子普通選挙による衆議院議員選挙が
実施された
・労働組合や農民組合が支持する社会主義政党も議席を得た
③政党政治は経済や外交での困難に直面→行きづまり
・深刻な不況、満州をめぐる中国の国民政府との関係
軍縮問題など
①第一次世界大戦は日本に好況をもたらしたが戦後は一転
して不況となった(戦後不況)
② 関東大震災(1923年):経済に大きな打撃をあたえた
③金融恐慌(1927年):金融業界が混乱した
・関東大震災で被災した企業に緊急融資
→資金の回収が進まない→銀行の経営状態に対する不安
→人々がいっせいに預金を引き出そうとする取りつけさわぎ
→多くの銀行が休業に追いこまれた

ページ2:

④昭和恐慌(1930年)!世界恐慌の影響によって深刻な
不況が起きた
・多くの企業が倒産し、失業者が増大した。
・米やまゆなどの農産物の価格が暴落した
・東北地方、北海道は大凶作に見舞われききんが起きた
→借金による女性の身売り」や「欠食児童」が社会問題と
なった
⑤昭和恐慌は国民の間にさまざまな不満や不信を生んだ
・労働争議、小作会議が激しくなった
経済を支配している財閥への批判が高まった
→財閥と結びつき、汚職や政争をくり返す政党への
不信が増大
・中国の情勢、国民党が国内の統一を進めた
・孫文の死後、蒋介石が国民党の指導者となった
・協力関係にあった中国共産党を弾圧したうえで南京に
国民政府を樹立した(1927年)
国民政府は共産党と内戦を行いつ?民族運動の
高まりを背景に日本など列強の権益の回収を唱えた。
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