-
-
1972
次の文章を読んで、後の問に答えなさい。
貴子は北高の三年生。高校生活最後の「歩行祭」をクラスメイトの千秋、梨香と三人で歩いている。
夜の底が白くなった、というのは近代文学史でやった『雪国』だっけ。だけど、この状態の場合、夜
の上の方が白くなった、と言うべきだと思う。しかも、あの白いところに辿り着くのはまだ少し先だ。
未来が白くなった、と言う方が今の心境には合っている。
貴子は朦朧とした頭でそんなことを考えた。例によって、学校は坂の上にある。仮眠所となるその学校
の明かりが見えてきたものの、この進まない足では、なかなか本体が近づいてこなかった。それでも、ざ 5
わめきが徐々に近づいてくる気配がある。いや、まだ聞こえてはいないのだけど、聞こえる予感だけは、
夜の上の方が白くなったのを目にした時からずっとあるのだ。みんながじりじりしているのが分かる。
もうすぐ、もうすぐ終点だ。今はまだ自由歩行のことなんか頭にない。 再び走り出して、母校に辿り
着かなければならないことなんか考えていない。とにかく、もうすぐ終わる。 歩かなくて済む。横になっ
て休める。
その望みだけが、灯台のように遠くで輝いている。早くそこに着きたいのだが、足が動かないので、
ぐっと飲み込み、終点へと繋がっている自分の足元を見下ろしながら前に身体を傾けるのだ。この道は
あの場所に続いている。必ずこの道は終わる。しかし、頭では分かっていても、身体はついに不満を爆
発させる。
もう少しだ、もう少しだというけれど、ちっとも近づいてこないじゃないか。いったいいつになった 1
ら休ませてくれるんだ。さっきから騙してばっかり。いい加減になんとかしてくれ。でないと、ここで
ぶっ倒れてやる。
なだ
頭は必死に身体を宥める。
うそ
本当だ。今度こそ本当だ。 今度こそ嘘じゃない。本当に、もうすぐあそこで横になって休めるんだ。
だから、あと少しだけ我慢してくれ。
坂道を登る生徒たちの顔は、もう人間の顔じゃないみたいだ。痛みすら麻痺し、上がる息もなく、
した音が口から漏れるだけ。膝は笑い、足は感覚がない。表情も消え、声もなく、能面よりも
無表情な生き物の群れ。
だが、やはり、物事にはいつか終わりが来る。 休まず歩き続ければ、ついに明るい場所に出ることが
できるのだ。
・ざわめきは幻聴ではなかった。
これまでの行軍の沈黙が嘘のように、元気なざわめきが坂の上の不夜城から響いてくる。
「やっ」「あ」「ほんとに」 「着いた」「歩いたー」 「わーん」
千秋と梨香と三人で台詞を分担し、抱き合いながら、貴子たちはついに校門をくぐった。