解答目安 20 分
1
古
きのくに みわさき
とよお
紀伊国三輪崎(現在の和歌山県新宮市)の裕福な漁師の次男である豊雄は、ある日にわか雨に降られ、
父の配下の漁師の家で雨宿りをしていた。
うるは
き
めぐ
たま
外の方に麗しき声して、「この軒しばし恵ませ給へ」といひつつ入り来るを、あやしと見る
はたち
*
きぬ
に、年は二にたらぬ女の、顔かたち髪のかかりいと艶ひやかに、遠山ずりの色よき衣着て、
わらは
ぬ
とよを
お
まうで
童女の十四五ばかりの清げなるに、包みし物もたせ、しとどに濡れてわびしげなるが、豊雄を
見て、面さとうち赤めて恥かしげなるさまのあてやかなるに、すずろに心動きて、かつ思ふ
は、この辺りにかうよろしき人の住むらんを今まで聞こえぬ事はあらじを、こは都人の三つ山
詣せしついでに、海めづらしくここに遊ぶらん。さりとて男だつ者も連れざるぞいとはした
*
*
しりぞ
なるわざかなと思ひつつ、すこし身退きて、「ここに入らせ給へ。雨もやがてぞ止みなん」と
いふ。
女、「しばし許させ給へ」とて、ほどなき住まひなれば、つひ並ぶやうに居るを、見るに近
まさりして、この世の人とも思はれぬばかり美しきに、心も空にかへる思ひして、女にむか
*みね
ひてなるわたりの御方とは見奉るが、三つ山詣やし給ふらん。峰の湯にや出で立ち給ふ
ありそ
らん。かうすさまじき荒磯を何の見所ありて狩りくらし給ふ。 ここなんいにしへの人の、
くしくもふりくる雨か三輪が崎佐野のわたりに家もあらなくに
とよめるは、まことけふのあはれなりける。この家あやしけれど、おのれが親の目かくる男な
り。心ゆりて雨休め給へ」といふ。
ちか
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