わり
次の文章は『土佐日記』承平五年(九三五年)一月七日条の一節である。読んで設
問に答えよ。
今日、柚子持たせて来たる人、その名などぞや、今思ひ出でむ。この人、歌
詠むと思ふ心ありてなりけり。とかく言ひ言ひて、「波の立つなること」と
うるへ言ひて、詠める歌、
こゑ
行く先に立つ白波の音よりもおくれて泣かむわれやまさらむ
とぞ詠める。いと大声なるべし。持て来たる物よりは、歌はいかがあらむ。
この歌をこれかれあはれがれども、一人も返しせず。 しつべき人もまじれれ
ど、これをのみいたがり、物をのみ食ひて、夜更けぬ。
この歌主、「┗まだまからず」と言ひて立ちぬ。ある人の子の童なる、ひそ
かに言ふ。「まろ、この歌の返しせむ」と言ふ。おどろきて、「いとをかしきこ
とかな。ハ詠みてむやは。詠みつべくは、はや言へかし」と言ふ。「『まから
ず』とて立ちぬる人を待ちて詠まむ」 とて求めけるを、夜更けぬとにやありけ
む、やがていにけり。
「そもそも、いかが詠んだる」と、いぶかしがりて問ふ。この童、さすがに
恥ぢて言はず。 しひて問へば、言へる歌、
行く人もとまるも袖の涙川みぎはのみこそ濡れまさりけれ
となむ詠める。かくは言ふものか。ょうつくしければにやあらむ、いと思はず
なり。「童言にてはなにかはせむ。 手捺しつべし。あしくもあれ、い
おむなおきな
かにもあれ、便りあらばやらむ」とて、置かれぬめり。
注破子食べ物を入れる白木製の容器。当時の弁当箱。
うるヘ目を潤ませて。
詠んだる 「詠みたる」の撥音便形。
子供の詠んだ歌。 手捺しつべし――「手捺す」は署名捺印すること。
問傍線部ハ・ニ・ホをわかりやすく現代語に改めよ。<解答欄それぞれ縦10㎝×横10㎝>
問二 二重傍線部 「いと大声なるべし」には歌へのどのような皮肉がこめられている
が。四〇字以内で答えよ。
問三 二重傍線部口 「まだまからず」からうかがえるこの人物の心情はどのようなもの
であったか。四〇字以内で答えよ。
問四 問題文中の二首の歌とそれらが詠まれた状況についてどのような対照が読み取れ
るか。五〇字以内で答えよ。