中学歴史〜日中戦争、戦時体制〜

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さきち

さきち

中学全学年

とりあえず、今回の中学歴史は、これで最後です!

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ノートテキスト

ページ1:

①満州事変後の中国の情勢
・満州を支配下に置いた日本は中国北部(華北、北京の周辺)に侵入した。
・国民政府(国民党)と共産党は内戦を行っていた。
停止した。(1936年)
・共産党を率いる毛沢東が国民党に協力して抗日運動を起こすことを呼びかけ、内戦を
②日中戦争溝橋事件をきっかけに始まった。
・1937年7月7日、北京郊外の盧溝橋で日中両国軍の武力衝突が起きた。
・戦火は中国北部から中部の上海へと拡大し、全面戦争に発展
・日本軍は12月に首都南京を占領した際、女性や子どもなど一般の人々や捕虜をふくむ
多数の中国人を殺害した(南京事件)
③1937年9月、抗日民族統一戦線が結成された
国民政府は拠点を漢口重慶と移して抵抗を続け、アメリカ、イギリスなどは国民政府を支援した。
①日中戦争の長期化にともない、政府は軍部の要求に従って軍事費を増やし戦時体制を発
・国家総動員法:1938年4月、近衛文麿内閣によって制定された
→政府は議会の承認なしに労働力や物資を戦争に動員できる
・近衛を中心として総力戦を進めるために国を一丸とする(国一致の体制を作る運動が
進められた
・1940年旧、大政翼賛会が成立→ほとんどの政党は解散して大政翼
替会に参加した。

ページ2:

・労働組合も解散し、産業報国会が作られた
②国民生活への統制が強化された
・鶤品の生産が優先されたため、生活必需品の供給が減った
→米、砂糖、マッチ、衣料品などが配給制や切符制となった。
・隣組が組織され住民が相互に監視し合う体制が作られた
→政府の統制と動員を支えた
・戦争に批判的な言論や思想への取りしまりが強化された
→社会主義に加え自由主義的な思想や学問にも弾圧が加えられた
小学校は国民学校に変えられ軍国主義的な教育が進められた
①朝鮮や台湾では皇民化政策が進められた
・「皇民とは皇国の民」つまり天皇が治める国の民」という意味。
・日本語の使用、神社参拝、姓名を日本式に改める創氏改名
などが強要された
志願兵制度を実施し朝鮮や台湾の人々も戦場に動員した
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