Contemporary writings
SMA

文章の意味が分かりません。
単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、
各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。

問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺
シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示しています。

た。 問4 傍線部 (3) 「このことを、なぜわれわれは素直に認めることができないのだろうか」とあるが、この問いに対する筆者 考えとして最も適切なものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。解答番号は2 ① 他者に対して心を開くことは危険を伴うことだから。 ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑤ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 upt 解答番号は、第二間で 【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~25です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~問10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 の偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイブそのものも、すでに複雑で錯 した経路と水脈をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係によるAなものではなく、あ ある種の根源的な喪失と離脱のなかから再発見・再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、A な帰属関係所有関係を前提としない、 旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは間言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を な手掛かり とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 へと移住した。 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、それはふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリアでに傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことばへと転用 された「グラフィティ」 (Graffitti) を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の商店の壁、シャッターを目呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 書きが文字だけであれば、それはふつう 「ビシャソン」である。 独特の字体に、符牒のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字がや虫のかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描くだけのビシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に踊っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集「夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。 彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二プロックほど離れた路地の壁に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐにテッドロックもおそらく気づいていない〉 この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024AG-B-1 (2024AG-B-2) ② 介護する 不十分さが解消されるため、その関係を豊かにすることに注力 介護が人間に向けられたものとなり、その人間の豊かさに寄与するものとなるためには、人間の価値を能力から切り離 で捉えた上で、介護する者と介護される者の間に心が開かれた関係が形成される必要がある。 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい う関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に 行く春や鳥啼き魚の目は 巨) primavera não nos deixe passaros choram wwwwww (注) ばしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの を想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、 地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか 経験した無数の声と文字による橋渡しの過程に携帯用の筆入れと墨壺である矢立」からとりだされた筆記用具によって 俳聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このピシャソンとなった芭蕉の句において、 過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 プ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの それすらもはや判然とはしない。ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の俳諧が、ポルトガル語の Haikai へと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の連関の統 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの詩句の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた目録のなかに書き込んでいった。 「一の鹿」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反芻することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。 人類学という実践 そのものが、異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 をふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 夢の残滓を「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識の刺によってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。 ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、 ことばと文学がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと 刺を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、流謫の「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、 ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの句が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 lágrimas no olho do peixe (28) (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)
24一般入試A問題 鳥たちは泣き あふれる 魚の目に 私たちを置き去りにしてないでくれ 一見して、レモンスキーの 旬の心情を読み取りながら、それを詩人の直感としてことばの技のなかに移植しよ うとする意図がありありと感じられる。だがそれは、けっして技巧的な翻訳というわけではない。春という非人称への呼びか 日本の伝統的な審美学書物や武道の実践から学んだレミンスキーの、一つの解釈であろう。あるいは、壁に書かれた落 旬のイメージでは、複数の peixes となっていることで魚の目の泪のイメージが拡散しているのに対して、レミ スキーはこれを一匹の魚として捉え、その目に溜まる明像として定着させようとしている。 さらにこのヴァージョンで特徴的なのは、その表記であろう。三行の分かち書きにこだわらず、さらに行頭をずらして語句を 配置することで、形式の視覚的な効果をソウフクしようとしている。(中略) そこで「ことば」「ことば」という可能性の磁力的な中心としてとらえられる。 ことばはそれ自体躍動する物質であり、 生きた細胞であり、完全な有機体であり、心理的・身体的・科学的組織である。概念化や神秘化のにおちいることなく、 モノのまえに自らを立たせ、絶対的なリアルのなかに自らを開こうとする。それはヴィジュアルな図像性を突出させた詩 として理解されるべきではなく、むしろ、ことばが「存在」としてその全なリアリティを開示したものと考えるべきだろう。 (中) 意味内容に依存することなく、詩句の視覚性と、音、と意味と同等に受容してみよう。 するとそこに、人とこと 「 しながら生み出された、ポエジーの一つの泉があらわれだすにちがいない。日本語で「俳句」とか「俳 (2024AG-B-5) 問1傍線部(7)~(オ)を漢字で書いたときに、その漢字と同じ漢字を含むものを、次の①~⑥のうちからそれぞれ一つず つ選べ。 解答番号は~。 夏は食べ物がハイしやすい。 ポストにブザイ配達通知が入っている。 厳国に対してセンセンプコクする。 ピアノの課題曲のガクブを買いに行く。 ⑤界一の性能だというジがある。 通販サイトでコウニュウ可能な食材。 信頼関係をコウチクする。 高速道路にコウジ渋滞が発生した。 都市のコウキョウ施設を整備する。 ⑤ 天災などのフカコウリョクによる被害。 ② 卒業証書ジュヨシキに出席する。 もはや一刻のユウヨも許されない。 (ア) ケイブ |1| (イ)コウソウ 恩師は退職した後メイヨキョウジュとなった。 (ウ) ヨジョウ ④これだけ証拠が残っていては、弁解のヨチがない。 (エゼンエイ 今福龍太「境域のハイカイ」「境域の文学』による) (1) デニス・テッドロック―一九三九~二〇一六年。 (オ) ゾウフク (3) キチェ族― グアテマラ高地に住む、マヤ人に属する民族 空 A とか呼ばれていたものの、はるかなると豊かな そのとき「芭蕉」という名は、レミンスキーが訳したよう 。 「i」(バナナの木)となって、熱帯ブラジルの海岸のプランテーション農場に林立するバナナの木々とそのもとで汗 人の記憶をブラジルの大地に向けて召喚するだろう。 その瞬間、ブラジル人になったポーランド人とアフリカ黒人が、朝日のまぶしさに目をつむる間にふと日本人へと転生するの ハイガイは目撃することになる。 (2024AG-B-6) (5) 芭蕉 (2) ズニ族 ニューメキシコ州やアリゾナ州の州境付近に住むアメリカ先住民。 (4)カンピーナス市 ・ブラジル南東部サンパウロ州の都市。 松尾芭蕉 (一六四四~一六九四年)。 (6) パウロ・レミンスキー 一九四四~一九八九年 ブラジルの詩人、作家、翻訳家、ジャーナリスト。 (7) 詩 ・詩から哲学や歴史や意味を排除し、素材であることばそのものに直接かかわろうとした詩 問3 波線「矢立の初め」の意味として最も適切なもの~のうちから一つ選べ。解答番号は ① 作家や詩人のデビュー作 旅の日記などの書き出し ストーリーの始まり ④作品集の序文 最も知られている作品 ① 持続的 日常的 本質的 意識的 ⑥ 好意的 ⑤ ヨキン残高が一〇〇万円を超えた。 ① 不エイセイな環境を改善する。 ②エイセイ中立国として知られているスイス。 言語は人間の知的エイイの根幹である。 ④ 会長のエイダンに感謝する。 ⑤ 古代文明がハンエイした土地。 ① ソウヨゼイを申告する。 旅行者がキュウソウする。 ③ 図書館のゾウショを整理する。 ④芸術にゾウケイが深い。 ⑤ マスコミによって作られたキョソウ。 に入れることばとして最も適切なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。解答番号は6。 問7 傍線部(4)「このピシャソンとなった芭蕉の句において、 過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を 宿してはいない」とあるが、その説明として最も適切なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。解答番号は回。 ブラジルでビシャソンとして表現された芭蕉の句は、俳句が持っている五七五のリズムや、日本語の音韻などの要素を 失っているため、芭蕉の俳句に込められた感情も脱落することになった。 漢字は音と影の方を (2024AG-B-8) (2024AG-B-7)
(3) キチェ族 (4) カンピーナス市 グアテマラ高地に住む、マヤ人に属する民族。 ブラジル南東部サンパウロ州の (5) 芭蕉 松尾芭(一六四四~一六九四年)。 (6)パウロ・レミンスキー 一九四四~一九八九年。ブラジルの時、 ジャーナリスト。 (1)具象時 時から哲学や歴史や意味を排除し、素材であることばそのものに直接かかろうとした 問2 空 に入れることばとし 「 などの ストーリーの ⑥ 作品集の序文 開として適切なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。解答番号は1。 人のデビュー作 最も知られている作品 問は「私たちはそのようにして、日本語話者としての『日本人』へと移民した」とあるが、その説明として最 適切なものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。解答番号は8。 ①「私たち」が「日本人」になるのは、日本語を話す人間関係の中で生きていくことを決意することによる。 私たち」が「日本人」になるのは、生活や教育の中で日本語を習得し、確たる文化的属性を形成することによる。 私たち」が「日本人」になるのは、日本語の学習を通じて、言語以前の自身の生得的な存在を再発見することによる。 「私たち」が「日本人」になるのは、最初に出会った言語としての日本語と、固定的な帰属・所有関係を結ぶことによ 「私たち」が「日本人」になるのは、言語的な存在からことばを使う存在になり、日本語と偶然の帰属 所有関係を ことによる。 (2) 「独特の字体に、のようなことばの断片が踊りかぶく」とあるが、この一文は何を説明しようとして いるのか、最も適切なものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。解答番号は。 のような文字を並べ、知っている人だけが理解できる政治的なメッセージを交わず、というピシャソンの特徴を説 している。 意味を持たず、無秩序に混ざったり、重なったりする文字が視覚的な新鮮さをもたらすというビシャソンの特 明している。 言葉のような色とりどりの奇抜な文字の動的な立体感を持ちながら言葉に生気をもたらすピシャソンの特徴 をしている。 創作者独自のデザインによって文字を表現し、その見た目の奇抜さを競い合う、というピシャソンの特徴を説 明している。 異なデザインによって、文字に宿る言霊を引き出し、現実に働きかけるというビシャソンの特徴を説明している。 間傍線部(「私は不思議な興奮にとらえられた」とあるが、筆者は何に対して興奮を覚えたか、その説明として適切で ないものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。解答番号は10 「芭蕉の俳句が描いた風景と全く同じものが、ブラジルの街にも見つかること。 芭蕉の俳句が日本語ではなくポルトガル語という新鮮な表記に変身したこと。 芭蕉の俳句が毛筆とスプレーという全く異なる筆記具によって描かれたこと。 ⑥芭蕉の俳句が地球の真裏にある、はるか遠くの街に移動していること。 芭蕉の俳句が三百年もの時間を超え、現代にもまだ表現されていること。 24一般入試A問題 (2024 AG-B-9) (2024AG-B-10) 本質的 好意的 問7傍線部(「このビシャソンとなった芭蕉の句において、 過ぎゆこうとする『春』はもはや日本的な春の惜別の感傷を 宿してはいない」とあるが、その説明として最も適切なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。解答番号は1。 ブラジルでビシャソンとして表現された芭蕉の句は、俳句が持っている五七五のリズムや、日本語の音韻などの要素を 失っているため、芭蕉の俳句に込められた感情も脱落することになった。 漢字は音形の両方を表す文字であり、ポルトガル語は音のみを表す文字であるため、ブラジルでピシャソンとして描 かれた芭蕉の句は、もともとの漢字が持っている視覚的な効果を失っている。 俳句は季語を用いて、俳人が実際に目にした季節の景色を表しているため、その季語について知識を持たないブラジル の詩人は、芭蕉の句に込められた思いを十分に翻訳することができない。 ブラジルの人々は、ふつう芭蕉の原典を知らずにピシャソンを目にするため、ポルトガル語で書かれた春や魚をブラジ ルの事物と照らし合わせて想像し、芭蕉が捉えたのと異なるイメージを思い浮かべるはずである。 ⑥ ブラジルで春の鳥や魚を指すポルトガル語は、日本語とは全く異なるイメージを喚起するため、ピシャソンを見た人た ちも、力強く、生命力の溢れる日本の春をイメージする。 8傍線部 (5) 「人類学はつねに幻と夢の残滓を、『詩』として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない」 とあるが、この一文に対する説明として最も適切なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。解答番号は2。 人類学者はフィールドワークを通じて、他民族の歴史と日常生活をよく観察するだけではなく、彼らの詩情にあふれた 世界についても自ら体験した上で、民族誌の読者がわかるような専門用語を使って解説している。 人類学者はフィールドワークを通じて、自身の文化と異なる文化の時間感覚を経験するが、そうした経験を記録する際 に、専門的な学術用語では説明し尽くせない実感を、詩的言語を用いることでなんとか表現しようとする。 人類学者はフィールドワークを通じて、民族の歴史と日常生活をよく観察し、民族誌に書き込んでいくのだが、その 中で重要なのは現地の状況を正確に記録するだけではなく、人々の持っている詩的なものを拾い上げることである。 人類学者はフィールドワークを通じて、自身の文化と全く異なる文化の時間感覚を経験するが、そうした現地の魅力を できるだけ伝えようと努力するあまりに、学術的な専門用語よりも詩的な表現を用いて記録を書いてしまう傾向がある。 ⑥ 人類学者はフィールドワークを通じて、自身の日常生活とはまったく異なる文化と時間感覚を体験する。その中で得ら れた充実感は、たとえ学者自身が日常生活に戻っても、その感覚とことばを形成する重要な一部分になっている。
24一般入試A問題 問9傍線部(6)「レミンスキーの翻訳は芭蕉の句の心情を汲み取りながら、それを詩人の直感としてことばの技芸のなかに 移植しようとする」とあるが、そのレミンスキーの翻訳に対する説明として最も適切なものを、次の①~⑤のうちから一つ 選べ。解答番号は 13。 0 ① 芭蕉の句にあった「春」を、魚や鳥などに自ら語りかけることができる主体として擬人化している。 ピシャソンとして描きやすいように、芭蕉の句にあった「泪」という語を、「魚の目」の前に置き換えている。 ③ 芭蕉の句にあった「魚」を「魚たち」という複数形に変えることによって、感情の広がりを持たせている。 ④ 詠む主体に客観性を持たせるために、芭蕉の句に込められた人間の惜春の感情を、魚や鳥に託している。 ⑥「沼」が目にあふれる「魚」を一匹に限定することによって、際立って鮮やかな印象をもたらしている。 問10 問題文の内容に合致するものとして最も適切なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。解答番号は14 芭蕉の俳句がポルトガル語に翻訳される中、 元の句が指し示すイメージも徐々に変っているが、風景を通じて人間の内 面を表現するという俳諧の精神は、ブラジルにおいても意識的に受け継がれてきた。 レミンスキーが翻訳した芭蕉の句を通じて、ことばは単に意味内容を表すものだけではなく、語句の配置や形式といっ た視覚的な特徴によって、人々の感覚に対して働きかけるものであることがわかる。 ポルトガル語のピシャソンや具象詩によって再構成された芭蕉の句からもわかるように、ある文化が他言語圏で翻訳さ れるとき、翻訳者の創造性と芸術性が最も問われる要素であり、原作者の役割を問う必要性はあまりない。 芭蕉の俳句を訳したレミンスキーが日系人の多く住むブラジルの街に生まれ育ったということからもわかるように、 人 間は関係のない他者の言葉よりも、自身が所属する集団の歴史から生まれた言葉のほうにより興味を持ちやすい。 ⑤文化は他言語と出会うことによって豊かに生まれ変わるものであるため、近現代的時間を支配するアカデミーの言語は、 率先して各地域の文化を発見し、解釈を加えていくべきである。 第二問 【古文】(後の【現代文】とのどちらか一方を選択しなさい。) -B-14) (2024 AG-B-13) -13-

Answers

全体として、筆者の主張が小難しい表現で一般人にはわかりにくい表現となっています。
そうであれば、筆者は具体例を用いて私たちに説明しようとしてくるはずです。具体例をよく読んでそこから、筆者の主張を類推するしかありません。
そのことを裏付けるが如く、この文章は異常に具体例を丁寧に書いています。

筆者が具体例として出しているのは、ブラジルのビシャゾンとして描かれた言葉の元ネタが松尾芭蕉の言葉であったことについてです。
芭蕉の句は春をモチーフにしていますが、ブラジルにおいて描かれた芭蕉の句と日本で書かれた芭蕉の句ではその表現するものが異なるのです。
また、レミンスキーが引用したポルトガル語で訳された芭蕉の句も具体例として出されています。
文章からすれば、芭蕉が表現したかった表現と、レミンスキーがしたかった表現は異なっていること、それは日本とポルトガルの文化によって生じることが書かれています。
そうであれば、この例えからざっくりと、言葉の持つイメージは風土や文化によって異なるものである、つまり言葉は絶対的な意味を持つものではなく、文化や風習によってその意味が変わる流動的かつ相対的なものであるというを筆者は言いたいんだなということがわかるわけです。

そうであれば冒頭の文というのはこのように考えることができます。
すなわち、言葉はそれを知った時点(ことばの獲得)で一義的に意味が確定するものではなく、生まれ育った風土や文化を知ることで、(日本の文化など)逆に元々知っていた言葉(例えば春)を再定義されるものであるということなのです。
だから、言葉は文化や風習により培われた"前言語的な未発の意識との間に保存される記憶や痛み"によって再定義されるものであり、言葉本来がもつ意味によって定義されるものではないということを言いたいのです。

このような文意に従って、問題を解くことになります。
まずAについては3つ目のAから考えるのがいいと思います。
言葉はもともとある自分自身の経験などで得られた住んでいる土地の文化や風習(つまり自分自身)などを投影するものであり、言葉によって自分自身を定義するものではありません。
このような意味になりうるのは本質的という単語になるのです。(質問者様が選んだ意識的は今回言葉を意識するか否かということが全く文章中で問題となっていないので不正解ということになります。)

また次の問題に関しても、上記の文章の意味からすると質問者様の選んだ解答が間違っていることがわかると思います。
すなわち、日本語を学んで、言語以前のものを学ぶというのは日本語によって自らが住む日本の文化や風習を知るという意味になります。そうではなく、前言語的な意識によって言葉が定義されるという内容を選ぶべきなので、5が正解となります。

問6は純粋に適当でないものを選ぶだけです。
興奮した理由が下線部後につらつらと書かれているのでそれに該当しないものを書くことになります。
1は一言も書いてないので答えになるのです。
また、文章の主題とも全く異なります。
1はブラジルの芭蕉の俳句は日本の風景と全く同じものを書いているといっていますが、言葉が同一だからといって、言葉の意味がそもそも文化や風習によって異なるため、同じ風景を書いていたとは限りません。

問7はおそらく4でしょう。
これも文章の意味から考えれば当たり前のことでそもそもこの文章のテーマが言葉は文化や風習によって異なることです。
そうすると日本人とブラジル人が同じ言葉に対するイメージが違うから想像する風景が違うとするのが文章の意味に合致します。

問8についても文章の意味がわかればほとんど消えます。
今回、筆者は言葉は不確実なものであると述べています。
そうであれば、確実な意味を持つことの象徴である、専門用語で、人類学者は様子を記録すべきだとしている1.4はまず消すべきです。
また文化や風習によって表現の意味が異なるという文章のテーマからすれば、日常と異なる文化を日常生活を充実させるために必要であるという記述はズレるのでこれも消えます。
残ったのは質問者様が選んだものと正解の二択ですが、より適切なのは明確に専門用語の使用を否定しており、自身と異なる文化を体験している人たちの言葉では表せない感覚を拾い上げるということが記載されている2であることがわかります。

問9は完全に質問者様が選んだことを言ってるので解説は割愛します。

最後の問題ですが、言葉の意味に焦点を絞っている4.5は言葉の意味は不確実という文章のテーマと全くズレるので真っ先に消すべきです。
そして、3は芭蕉が重要ではないなんて一言も言ってないので消えるべきです。
また、1についても日本の俳諧の精神が文化や風習の違う異国に伝来するというのは文化や風習が各国により異なることを前提とする文章の意味に反するので消えます。
残ったのは2で、ことばはその意味だけでなく、視覚的な情報により訴えるというのは、バッチリ書いてあるので、正解になります。

以上で解説は終了しますが、この問題から学べるのは一見して意味が不明の場合、具体例を見ることです。
そういう場合、具体例が詳しく書かれていることが多いため、具体例から、筆者の主張を類推し、筆者の説明部分と一致するかを当てはめていくことになります。

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