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Junior High
国語

国語 短歌

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*riko*

*riko*

Junior HighSemua

こんにちはヽ(^0^)ノ
良かった♥してね‼️

ノートテキスト

ページ1:

金色のちひさき鳥のかたちして
銀杏ちるなりタ
岡仁
意味
(
r
上に、金色の小さな鳥
形をした良
の葉が舞
ている
ポイント
の
舞い散
立てた想像
銀杏の葉を金色の小さな鳥と自
さに注目!!!
る
意味
[ポイント]
小さな鳥と見立てた銀杏の葉が夕方の丘に舞い降り
風景を表現している。全色とは、黄色の銀杏の葉
が、夕暮れのオレンジ色の光を反射して、きらきら
ばゆく光る瞬間のきらめきをとらえたものであ
海を知らぬ少女の前に麦藁帽の
われは両手をひろげていたり
海をまだ見たことのない少女の前で、麦藁帽子をか
ぶった僕は両手を広げている
海について手振りを交えて語り聞かせる少年と、
2
れを聞いている少女の様子を想像したい。
KOKJYG GOOSE LEAP EAT

ページ2:

短歌
きました!!
れ文でにつはを
の中のみには たら少年
る
ろう
海の大きさを伝
9
少気し年の
作者自
は大き
✓西
いる。
見たことのな 海に憧れて気持ちを抱
る
少年の言葉に耳を傾けてい 少年と少女
かな心の交流が感じられる。現代仮名遣
で書かれているが、海を知らぬ」や「ひろげていドニン
文語調の表現が用いられ、格調ある音の響きが生ま
れている
観覧車回れば回想ひ出は
君には一日代には一生
意味
観覧車よ
a
このときの思い出は、君に
ばに乗っている今
はたった 日の出
L
来事かもしれないが、
ほどの 体験なの
私にと ては一生記憶に残る
ホイット
観覧車に対して「
さと「君には
我には一生という対句表現の効果に
呼びかける思いの強
着目!!!!
WAY
6
しょ
観覧車が無
617
-
場所が想起
にいることがたいな女の子と、
遊 楽
であろうか、「君に
い
✓ tr
重点を置
男の子
比なで君り
うそ園
かこいと
対人地
で
一旦我には一生という対比か
5人つい若

ページ3:

短歌
か。バラに春先にぐんと芽が伸び
若枝となる。や
の針(け)のやわらかさを指すもので
春雨の柔らかさを指すものでもあろう、動詞
を四つも重ねるところで音の響きの面でも柔
涙が生み出されている。
最上川の上空にして残れるは
いまたうつくしき虹の断片
音味
最上川の上空にさ
は断片となって残
美しい。
きまでかかっていた虹は、ヘラで
ているだけだが、それでもま
語句表現
最上川
山形県の南
H
地に水源を発し
庄の各盆地から庄内平野を経て目
日本三急流の一つ
にして
いまだ
本
ポイント
いち本山山
に注新の
て。
~において。古語的な表現。
まだに
まだ
虹が安全な形で鮮やかにかかっているしきではな
もはや消えかけて、
一部が
して残っていると
きに美しさを見いだす、その観察の鋭さやせん。
美意識に注目!
上空にかか
一九四六年、大石田での夏の最上川の景。最上川の
の虹を詠んでいる。作者はこの年
春に触限を患っていたが、夏になってようやく

ページ4:

二人の思いの違いが際立って感じられ、君を思う
の切なさが伝わってくる
の歌は作者が二十歳の
頃の作品であり、鋭敏な青春の心を明晰な表現かで
定着させた一作といえる。
くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の
針やはらかに春雨のふる
意味
二尺ほど伸びたバラの赤い芽に、柔らかそうなとけ
が出て、そこに春雨が柔らかく降り注ぎ、いかにも
お
おかしい感じである。
語句・表
くれなゐ
二尺
紅色。鮮明な赤色のこと。
一尺は約三十センチメートル。
薔薇の芽 「くれなゐという言葉は花を連想させるか
や葉のこと
もしれないが、薔薇の芽」とは花のつぼみ
ではなく、文字どおり、芽のことと受け
取れる。芽とは、未発達の状態にある
バラの芽は、赤い色をしている。
&
たものを率直に写生した歌である
による柔らかな音の響きにも着目したい。
の」のくり返し
九
年の作で、庭前即景と題された十首中の一
既に仁病床にあっての彼であるが、若芽
かな姿を見て
心弾むものが感じられる
KOKUYO LOOSE-LEAF 7-836AT 7m bed 31 med
22

ページ5:

意味
9
語句表
快方に向かっていた。病気が弟に癒えてゆくとき
喜びと安堵感が、川の上空にある虹をいっそう輝
かしいものに感じさせたのかもしれない。また
が詠まれたのは、敗戦からちょうど一年が過ぎ
た時期である。敗戦の苦しみを経て、新しく生まれ
変わりつつあった日本の将来に対する希望がれに重
ね合わされているとも読める。しかし、そうした背
事情を踏まえなくとも この歌に表されている発
見の鋭さ、細やかな美意識は十分に読み味わうこと
ができよう。
白鳥は哀しからずや空の青
海のあをにも染まずただよふ
白鳥はかなしくないのであろうか。空の青さにも海
の青さにも染まらずに、真っ白な姿で海の上を漂っ
ている。
白鳥 初の、「白鳥」は、甘くてうソルビが振られていた
が、第一歌集海の声」に収録されたとき、「しら
とりにめられた。カモメなど白い海鳥のに
哀しからずや
とと解してよいだろう
かなしくはないだろうか。「ず」は打ち
消しの助動詞。これに疑問・反語の
助詞が接続している。
空の青海のあを 漢字の育を二つ並べるのを避け、
実際に空と海の色には違いがある
ように、視覚的な変化を持たせる
ろう。
ために風字上の工夫を行ったのだ
KOKUYO LOOSELLAPAT

ページ6:

染まず 染まらないで染まらずに。ずは打ち消し
の助動詞
ただよふ 不安定に揺らぎながらあてもなく移動
てゆくこと。
[ポイント
青の中に一点の白という色彩の対比を捉え
表れている孤独の姿を感じ取りたい
そこに
C
意味
る。真
節句・表現
白い鳥が一羽、青い空の下、青い海の上を飛んでい
白なその姿は空にも毎にも染まらず、それ
ゆえにいって鮮明に見える。周 の色に溶け込む
ことなく、純粋な白さのままに飛び白鳥に、お前は
なしくないのかと問いかけながら、作者は白鳥を
め続けている。青と白とのコントラストを鮮明
打ち出し、広大な自然に囲まれた白鳥の孤影に対し
て、自分の孤独な生き方を重ねている。歌全 に
もる哀しみや孤独、そして愛の思いが多くの人に
共感され愛誦されてきた作品である。
不来方のお城の草に寝ころびて
空に彼はれし
十五の心
不来方のお城の跡に草原寝転んでいると、十五歳の
私の心は空に吸い込まれてしまいそうだった。
不来方 岩手県の盛岡を指す古称、中世には岩手郡

ページ7:

ポイント
短歌
仁王郷不来方との地名があった。北上川雫石川、
中津川が合流する要害の地に不来方城があり、のち
に盛岡城となった、
お茶の草 不来方城址盛岡城)の草原のこと。この
地は岩手公園となっており、石垣と堀が
ている。
十五の心という語句の体言止めにより、余情が生ま
多感な揺れ動く心や大いなるものへの憧
れなど、「十五の心のありようをさまざまに想像した
初出はスバル一九一〇(明治2)年の十一月号。
盛岡中学三年時のことを、およそ十年たったの
ちになつかしく思い出しながら詠まれた一首であ
不来方のお城は盛岡城上で、そのすぐそばに盛岡中
学があった。この歌の直前には、教室の窓より避け
でただ一人かの城址に寝に行きしかないあり、不
市のお城の草に寝ころびて…」というこの歌が呼応
している。そのときの思いは、「宝に呼ばれ
心」との詩句によって、多感な心の解放や、遥かなる
ものへ憧れへと高められている。「空」という悠久の時
空に吸はれし」、すなわち、十五歳の少年の心が吸
込まれてしまったということが、青春期独特の浪場
的な心情を端的に象徴していよう。それと同時
十五の心には、大人になり、夢見がちな青春時代を
ふり返った現在の、ほろ苦い心情も反映されている
ようである。美しい懐旧の情念が印象的な「首。
行に行分けされたスタイルは、啄木の短歌に特
KOKUYO DOOSE-LEAF-006A 7mculed in

ページ8:

なものである。
ポイント
も
寒いね」と話しかければ寒いねと
答える人のいるあたたかさ
冬のある日、寒いね」と私が話しかけると、「寒いねて
相手が答えてくれて、寒い中にも、そうした言葉を
互いに交わせることのあたたかさが感じられた。
日常の何気ないやりとりをとらえる観察眼の細やか
さや、寒いね」という言葉からあたたかさが生まれる
という対になる言葉の使い方の巧みさに着目したい。
一九八六(昭和5)年に角川短歌賞を受賞した歌の中
一首、二十代を迎えたばかりの作者の自然体でみ
ずみずしい感情が表現されている。寒いね」と話しか
ける自分と、同じように「寒い」と答える相手との
日常生活のさりげない会話を、短
短歌の音律によって
再現している、相手との関係は、恋人とも、友人い
さまざまに想像することができょう。寒いか
支援が、口ずさみやすい軽やかなリズムを生み出
果をあげている。体で感じている「寒さが、精
な、あたたかさと反転する経句に味わいがある
的すのとて

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