次の文章は、『住吉物語』の一節です。 継母のもとで苦労した生活を送っていた姫君は、強引に結
婚させられようとしたために、旧知の尼君に助けを求め、その尼君から、脱出の車が差し向けられま
した。これを読んで、後の問に答えなさい。
くし
小夜ふくるほどに、車の音出で来たれば、櫛の箱と御琴ばかりぞ、持ちたまへる。御車
のしりには *侍従 乗りたり。頃は“長月二十日あまりのことなれば、 有明の月の影もあは
じじゅう
れなるに、出でて行きたまひけむ心のうち、いかばかり悲しかりけむ。嵐はげしき空に、数
絶えぬ音を鳴き渡る雁も、
"折知り顔に聞こゆ。雲間を出づる月の、常よりも我をとぶらふ
かり
*
心地ぞける。
おぼ
さて、尼君のもとに行きて、 * かきくどき、こまごまと語りければ、「まことに思し立つ
も御ことわりにこそ。今も昔も、まことならぬ親子のありさまのゆゆしさよ。継母ながら
も、
X
う
いづくをにくしとか見たまはむ。 あさまし。 かかる憂き世なれば、思ひ捨てはべるも
*
よど
のを」とて、 墨染めの袖をしぼるばかりにぞありける。夜の中に、 淀に着きてけり。
*
*
たい
ひやうゑ
すけ
*
「少将、その夜、”対に行きて、 兵衛のといふ女して、侍従を尋ねさすれば、音もせ
ず。姫君の *御跡に臥したるかと几帳を見るに、姫君も。おはせざりけり。うち騒いで、
*
人々に尋ねさせけれども、 見えさせたまはざりければ、「あやし」と思ひけり。「さても、
中の君、三の君のもとにおはするにや」と言へば、「心軽く立ち出でたまふべき人にもあら
ず、いかなるべきにも」とて、尋ねあへり。
かたは
ふすま
夜も明けぬれば、常におはせし所を見れば、傍らなる夜の*衾もなくて、とりしたた
めたるけしきなれば、まことに悲しくて、おのおの忍び音に泣きけり。*中納言に「しかしか」
と聞こゆれば、あきれ騒いで、
*
声をささげて泣き悲しみたまふこと、たとへんかたなし。
中の君、三の君、「あやしく、このほど、
心憂きものに思ひたまへりしかば」「かくまで
とは思はざりしものを」と、おのおの悲しみたまひけり。