オスマン帝国
の衰退と改革
オスマン帝国は,17世紀末に第2次ウィーン
包囲に失敗したのちハンガリーを失い、ヨー
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じょうびぐん
ロッパ諸国にとって脅威的存在ではなくなっていった。 常備軍の
ちょうぜいうけおい
イェニチェリが弱体化するいっぽうで,徴税請負権を利用して地方
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有力者が自立し, 中央集権体制がくずれていった。 対外的にも18
なんか
ほうぎょ
こっかい
世紀後半のロシアの南下政策を防御できず, 黒海の領土や航海権を
失っていった。 ナポレオンのエジプト遠征を機に,帝国内の諸民族
の民族意識が高まり, 19世紀にはいると, エジプトの独立やギリ
シア独立戦争がおこった。 これにヨーロッパ諸国が介入し, 複雑な
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1821~29
かいにゅう
国際情勢が展開した (東方問題)。
ひんし
CRIT
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