足利高氏は武士の活躍でき、それ相応の土地(当時の報酬)が貰える世が良かった→元寇以降満足に土地も貰えず、生活も厳しくなる→後醍醐天皇「側」に着く→後醍醐天皇「天皇中心で貴族、皇族優先にするよ。補佐はさせるが勝手に報酬あげたりするなよ。」となり
後醍醐天皇の政治は武士から、もちろん反感を買います。
足利尊氏(高氏)は最初に書いたように武士の世が良かったため鎌倉幕府のような武士中心にするために、幕府を室町に作ろう!となって、後醍醐天皇とは別の天皇をたてて、南北朝時代に入るわけです。
回答ありがとうございます!
つまり、鎌倉幕府は武士中心だったけど充分な報酬がもらえず、それが不満だった足利高氏は後醍醐天皇側について倒幕したが、それもそれで天皇中心となってしまったから新しい幕府を作ろう!ということですか?
結局また質問してしまってすみません(ー ー
自分もこれが100%正しいとは言い切れませんが、そんな感じですかね。
まぁおおざっぱに言うと
後醍醐天皇が天皇中心の政治(つまり平安時代以前のような政治)始めたので、
高氏は武士として、武士が中心の世の中を作りたくて、別の天皇をたて、将軍に認定してもらって室町に幕府を開いたって感じです。
なるほど!とてもよくわかりました!
最後まで丁寧にありがとうございましたm(_ _)m
すこし訂正を入れさせてください。
武士の活躍でき、それ…の部分は
武士が活躍でき、それ… となり
幕府を室町に作ろう! は
幕府を京都に作ろう!(当時、京都に建てようとはしていなかった説もある) となります。
誤字すいませんでした