Japanese history
SMA
Terselesaikan

壱与が使いを送った先が、「西晋」と書いてあるのと「晋の都、洛陽」と書いてあるのと、「帯方郡」と書いてあるのがあります。
同じという事ですか?

壱与 弥生時代 小国分立 洛陽 邪馬台国 卑弥呼

Answers

✨ Jawaban Terbaik ✨

同じです。

晋の都は、洛陽です。

また、晋は一度滅び、翌年、再建されています。
一度滅んだ晋を西晋、再建された晋を東晋といいます。

台与が使いを送ったのが、確か266年?あたりだったかと思います。
西晋が滅びたのは316年。

台与が使いを送ったのは、晋(西晋)の都の、洛陽です。

はる

さっきまで「帯方郡」についての記述はなかったような??
追記します。

帯方郡とは、中国が朝鮮半島においた軍事拠点です。
卑弥呼は帯方郡に使いを送り、帯方郡を通じて魏に朝貢しました。

台与の時代も、同じように帯方郡に使いを送り、帯方郡を通じて晋(西晋)に朝貢しています。

帯方郡と晋は、同じではありませんが、「晋に朝貢するために使いを送った」という意味では一緒です。

Sakura

帯方郡はあとから付け足しました💦
本当に有難うございます!助かりました!

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