✨ Jawaban Terbaik ✨
頼朝健在の時は、野蛮なる武士団も頼朝のカリスマ性の元に寄せ集まっていたわけですが、元はと言えば関東の田舎者達です。彼の死後、承久の乱などを経て、幕府が巨大に膨れ上がるにつれて、それまでなあなあで何とかなっていた所領の紛争が御家人間で起こるようになったので、頼朝以来明文化されてはいないものの、頼朝の出した命令であったり、武士の間で広く理解されている慣例なんかをちゃんと文章にして、武士の間で守るべき法律として作られたのが、御成敗式目です。頼朝以前はそんなルールなんてものは無く、統一された政権も無いのですから、当然無法地帯と言って良いものです。それらをカリスマでまとめ上げ、武家社会の基礎を作り上げた頼朝以来の慣例と道理を明文化した物なのです。
頼朝はすごかったんですね
ありがとうございます!