✨ Jawaban Terbaik ✨
共和制というのは国王のいない政治体制です。
フランス史上2回目の共和制なので、第二共和政となります。
ちなみに、1回目はフランス革命期の8月10日事件で、王権が停止されたときに成立します。これがきっかけで、国民公会が中心となった共和制が成立しました。
では本題ですっ
第二共和政が成立する前は、七月革命で誕生した七月王政の時代でした。このとき国王はルイ=フィリップです。
彼の時にフランスでは産業革命が発展して、資本家や都市労働者が増えました。でも、選挙体制がお金持ちしか参加できない制限選挙でした。人口の1%ほどしか参加できません。資本家や都市労働者はこれに対し不満が爆発して、二月革命を起こしました。
国王ではダメだ!ってなったので七月革命後は臨時政府が発足します。中心人物はルイ=ブランです。
政府なので、国王の独断みたいなことは起きません。
また、ルイ=ブランは社会主義者だったので、労働者に優しい政策を行います。選挙は男性なら誰でも参加できるものにしますし、国立作業場という失業者を助ける機関も設けます。
ただ、、労働者を助けすぎて、農民や資本家連中から嫌われてしまいます。そのため、次の選挙でルイ=ブランは負けてしまい、国立作業場も閉鎖になりました。
また、作業場の閉鎖を受けて今度は労働者たちが暴れてしまいました。これを六月蜂起と言います。これは陸軍が鎮圧しますが、フランスは混乱状態です。
この混乱を鎮めたのがルイ=ナポレオンです。1851年クーデタで独裁色を強め、翌年ナポレオン3世として即位し、第二帝政を行います。
流れ仕組みとしてはこのような感じです🙏
わわわ!確認遅れてしまいました💦ご丁寧にありがとうございます!