✨ Jawaban Terbaik ✨
はじめまして。とるてぃと申します。
その言葉通りです。当時の琉球の意識としては、「日本に服属しているし、中国の朝貢ネットワークにもいる」という状態です。つまり、どちらの国にも属していた、ということです。
この時点では琉球はどこかに完全に支配されていたわけではなく、あくまで琉球国として自分たちの国を持っていました。しかし、中国と朝貢関係を結ぶことでそのネットワークの中に入ろうとしていました。(朝貢、の意味の理解がまだでしたら、ご自身で確認することをおすすめします!)
その中で日本の島津氏が琉球を自分の支配下だとしました。しかし、琉球と中国の朝貢関係は続いています。
明治期になると、琉球を「日本」という1つの国に組み込むかという問題にぶつかりました…という話は長くなるのでここまでにします。
倭(昔の日本)中国から金印をもらったエピソードはご存知でしょうか?あれが朝貢の一つです。
中国は自分の部下のような立ち位置の国をたくさん持とうとしていました。その証として、中国は国名と印を渡しました。中国グループの傘下になる、みたいな感じです。
これのお返しに、従う側の国は色々な品を中国に渡しました。これが朝貢です。(王朝に貢ぐ、と書きますね)
先程は高校生と勘違いして専門的な説明になり過ぎました、失礼しました。
すみません、調べてみてもよく分からなくて朝貢の意味教えてほしいです🙇🏻♀️