✨ Jawaban Terbaik ✨
1951年に結ばれた日米安全保障条約ですが、自衛隊すらない時代に結ばれたこの条約は、色々と軍事同盟としては歪な内容で、アメリカが日本を防衛する義務が書かれてなかったり、逆に日本がアメリカ軍を支援することも書かれていなかったり、日本国内の内乱になぜかアメリカ軍が出動できたりと、まぁ色々とケチのつく内容だったんですね。
なのでこれを改定し、同盟として格好のつく内容に改めたのですが、これが日本国内で左派の批判を招き、揉めに揉めました。日本の左派は親ソ連・親中国ですから、日米関係を強固にする安保改定には反対したんだと私は理解しています。結局、新日米安保条約は締結に至ったんですが、岸信介内閣は退陣に追い込まれました。
集団的自衛権やら敵基地攻撃能力やらが認められた今振り返れば、そんなことで議論になっていたことが不思議でなりませんが。
沢山ありがとうございます!