✨ Jawaban Terbaik ✨
西郷隆盛は本当は征韓論を支持していなかったとう一説にはあります
彼は、可能な限りの外交努力をすること、朝鮮と友好な関係を築こうとしたとされており
これは遣韓論と呼ばれています
実際、朝鮮は日本は無法の国とか言っており
喧嘩腰だったんですよね。
その時板垣とかはすぐ釜山に攻め込むぞー
と言っていたが
西郷はそうじゃなかったんですよね。
彼は、朝鮮の無礼は許しがたいが
ここで攻めたら朝鮮は侵略しに来たと勘違いするだろう、だから、外交で解決しないかといったんです
そして最初は別にいいよと言われていたんですが
岩倉使節団が帰ってきた途端に岩倉らが反対し
彼らは遣韓論を潰してしまいました
なので、西郷隆盛はこれに失望し
政府から出ていったということです
なので、西郷にとっては失敗
板垣にとっては征韓論は成功ですね。
あ、日朝修好条規はいわゆる不平等条約で
日本が開国されたときとほぼおなじです