Japanese history
SMA
Terselesaikan

なぜ日清戦争で日本が挙国一致できたかわかりません。政府と政党が対立していたはずです💦またなんでそんな強気でいけたのでしょうか、、回答お待ちしております( . .)

日清戦争 甲午農民戦争 挙国一致 建艦詔勅

Answers

✨ Jawaban Terbaik ✨

はじめに申しあげるのですがこれは授業では自分はやってなく知識を総結集させたうえで出した答えなのでそこだけご了承ください。
まず当時日本は海外にいつ攻められてもおかしくないと考えてました。ロシアやフランス、ドイツなどが海を越えたすぐ先にうじゃうじゃいたからです。そこで日本は朝鮮に進出したかったのですが当時は清と朝鮮の仲が良かったので迂闊に進めませんでした。そしてその時にちょうどいいタイミングで甲午農民戦争というものが起きます。そして朝鮮は反乱を弾圧すべく清に軍隊の派遣を依頼します。それは日本にとって嬉しいことでした。なぜなら朝鮮にいる日本人を助けるという名目で軍隊を送れるからです。勿論清との関係は悪くなる一方。そん時に日英間で通商航海条約が結ばれます。つまりイギリスを味方につけたのです。日本は富国強兵してますし当時世界最強のイギリスがいたら強気でいけるはずです。だから議会の承認も得られたのだと思います。世界最強の国がバックにいてまた、いい名目で海外進出できて孤立もしない。反対者は一部拘束されたりされたとおもいますがそういうわけです。その後は韓国をいいように使い、韓国人を守るという名目を作ることに成功し日清戦争に突入したわけです。そして富国強兵してた日本に清は負ける形になりました。

太郎ちゃん

日英通商航海条約のおかげというのが大きそうですね(> <;)建艦詔勅も関係がありそうですがどうなのでしょうか🤔💭

あちゃぴ

勿論あると思います。建艦詔勅はご存知だと思いますが明治天皇が出した結論ですので議会も流石に反対はできませんでしたし。

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Answers

本質をついた質問だと思います。今年、北京オリンピックがありましたが、その時多くの日本人は、日本人選手の活躍に一喜一憂したのではないでしょうか。サッカーのW杯があれば、日本代表を応援したくなります。日清戦争は、政府と政党が対立していたので、戦争を起こしたのです。教科書にも「開戦と同時に政党は政府批判を中止し、議会は戦争関係の予算・法律案をすべて承認した」とあります。日清戦争がこの時期に行われた背景の一つには、政府が国内の矛盾を外に敵を作る戦争によって解消しようとしたという考え方もできるのです。
そう考えると、なぜロシアが今、ウクライナを攻めているのかという問題も、ロシア国内に何か問題があると考えることができるかもしれません。

太郎ちゃん

外に敵意を向けさせることはよく日本史ででてきますよね🤔回答ありがとうございました(> <)

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