Japanese history
SMA
Terselesaikan

民法典論争とはどのようなものだったのでしょうか?
調べても複雑でよく分からなかったので簡単に教えていただきたいです。

Answers

✨ Jawaban Terbaik ✨

民法を作るから、フランス人のボアソナードに作ってもらおう

出来た民法を見ると、フランス特有の考え方である、個人主義(=個人の自由)が色濃くでていました。

ここで問題なのが、日本は従来から「家父長制度」なんです。つまり、平等はないってことです。つまり、フランスの考え方の個人主義は家父長制度を否定することになっています。

このフランス流の民法に、穂積八束が反対。フランス流の賛成派は梅謙次郎。
有名な言葉「民法出で、忠孝滅ぶ」by穂積八束

結局、穂積の意見が勝ち、明治民法が制定され、家父長制度が残りました。

偏差値52の底辺高校生

頭良くない私が完璧に理解出来る回答をしてくださるなんて凄いです!笑
助かりました☺️

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