Contemporary writings
SMA
教えてください🥵
もざ けんいちろう
茂木健一郎「どうすれば「ひらめく」のか」
京都の銀閣寺から南に下る「哲学の道」は、哲学者·西田幾一
多郎が散歩をしながら思索にふけったことで有名である。
私も、京都に行くたびに、「哲学の道」を散歩する。ムズカシ
イことをいろいろ考えようとするのだけれども、何もひらめか」
ない。やはり、私は西田に比べてアタマが悪いんだな、と思っ
ていた。
-、私だって、ふだんから全くひらめきがないわけでは一
ない。歩いているときにひらめくことがヒカクテキ多いような
気がする。それも、特別な道ではなく、毎日通っている家から
駅までの道を歩いているときに、ひらめきが訪れるようである。
なぜだろう、と考えているうちに、なるほど、と思った。
私が「哲学の道」を歩くと、周囲の景観についつい注意を奪わ
に精いっぱいになって、その他のことをする暇がなくなってし
まうのである。それに対して、毎日歩いている道ならば、もは
や目新しいものもないから、思索に集中することができるとい
れてしまう。脳が、今まさに見えている光景をニンシキするの
うわけだ
西田幾多郎は、毎日のように「哲学の道」を歩いていたから
こそ、さまざまな思索にふけることができたのではないか。京
都のあの一
B_明婦な道だけが、哲学の道なのではない。毎
日の生活の中で歩いているありふれた道こそが、私たち一人一
人にとっての“哲学の道,なのである。
居の中の人生」)
問四 傍線部0「哲学の道。」とはどういう道か。本文中から
十五字以内で抜き出して答えよ。
(2年)
道。
問五 筆者が考える「ひらめき」の条件として適当なものを次
の中から選び、記号で答えよ。
ア 日常的な環境の中にいること。
(2E)
Answers
Apa kebingunganmu sudah terpecahkan?
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