・日本の参戦そのものはイギリスの要請によるものですが、山東省や南洋諸島などのドイツ権益にまで侵攻したのは日本の独断です。ノートにある通り、ヨーロッパに戦火が集中している隙に、東アジアにおける日本の権益を強化することが狙いでした。(一応、海軍を地中海に派遣してはいました)協商側の勝利の要因は、1917年にアメリカが参戦したこと、ドイツの経済が破綻したこと、ドイツで民衆による革命運動が起こったこと等が大きいと考えられます。
・大隈内閣の戦勝ムード?は良くわかりませんが、大隈内閣の成立した1914年4月は、ちょうど中国のドイツ権益を侵攻しまくってる時だったので、おそらくそのことを指しているのだと思います。また、大戦による好景気(大戦景気)も、「戦勝ムード」の一因であったかもしれません。
・選挙は今でいう衆議院選挙です。(貴族院は選挙制ではありません)大隈は自由民権運動の指導者でもあったので、国民からの人気が非常に高かったのもあり、選挙で圧勝をおさめました。