ノートテキスト
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No. Date 10/13 アジア・アメリカに進出するヨーロッパ ガマ(ポ) インドへ(1498年) P901.大船海時代 ポルトガルが進出(16c) ↓ 次第におとろえ... オランダが進出(17㎝) いい 1602年 オランダ東インド会社説立 拠点バタヴィア(現ジャカルタ)~インドネシア 中継ぎ貿易で利益をあげる 科 こしょう、ナツメグ、クローブ イギリスが参入 1623年 アンボイナ事件 in アンボイナ島(アンボン島) オランダ (蘭) VS イギリス (英) 結果 香辛料貿易をめぐる抗争 ランダがイギリス商館長や日本人の使用人21人 を殺害 イギリスはインドネシアから撤退 蘭領インドネシアに インドへ 英蘭戦争(3度1652~1674年) イギリス-オランダ) オランダ (蘭) 結果 VS イギリス (英) イギリスが勝利 17c末 アジア貿易の主導権をにぎる
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イギリスとフランスの抗争 フランス ・植民地 カナダ ルイジアナ } 毛皮交易 ビーバー) ヨーロッパで高価で売れる! イギリス いい タバコなどのプランテーション 1754年 フレンチ=インディアン戦争 Date ~63 =七年戦争(1756~63年) フランス(仏) VS イギリス + 先住民 (英) 結果 イギリスが勝利 →カナダ、ルイジアナ、フロリダ、西インド諸島の一部 セネガルをGet! 大西洋三角貿易 ヨー ロッパ 主にイギリス 火器 綿織物 雑賀 西インド 皮 諸島 西 コ 北 アメリカ (南 砂糖 カリブ海 奴隷
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Date 10/22 P.98 1節 ヨーロッパとアメリカの諸革命 ~イギリスから独立するアメリカ~ 1.13植民地の形成 エリザベス1世の命でW=ローリーがヴァージニア 植民を行う(16末)→ (失敗 13植民地 1607年1番目 ヴァージニア植民地 ジェームズタウンを建設 1732年 13番目 ジョージア植民地 ジョージ2世にちなむ ※11植民地 マサチューセッツ、ニューハンプシャー コネティカット、ロードアイランド、ペンシルヴェニア ニュージャージー、メリーランド、デラウェア ノースカロライナ、サウスカロライナ ニューヨーク 7 1620年 ピルグリム=ファーザーズの人々 がメイ=フラワー号に乗ってプリマスへ Pilgrim Fathers ~巡礼始祖 巡礼 祖先 9月 イギリス人 102人 ピューリタン ↓ メインフラワー号でプリアス出発 11月 新天地プリマス着 イギリスのアメリカ進出には 宗教が関係していた! 当時のイギリス 結果 しい カトリックから宗教改革 を行いイギリス国教会へ →ピューリタン、カトリックは 自由の地を求め海へ!
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イギリスのこと 2.13 植民地と本国 植民地は議会をつくって自治を行う No. Date <発展形態> 13州 150万人 中 北···ニューイングランド地方、ピューリタンが多く 商工業で栄える 南 ペンシルヴェニアのフィラデルフィア(1790~1800まで州都) 交易で栄える 友愛の町" いい プランテーションで黒人奴隷が労働 (たばこ)(藍)(米)の生産ソン=ミ (植) 本 関係は 通商 → 比較的良好! 嗜好品 3 フレンチ=インディアン戦争(1754~63年) 凸 〔七年戦争(1756~63年)〕 イギリス完勝 P.99② 2 凸 カナダ、ミシシッピ以東の ルイジアナを獲得 戦費がかさみ 2 財政難に・・・。 13植民地に課税を 強化していく独立革命の起点に 独立革命 ①17新たな課税法 suger act 中南米 (S 1箱6ペンスの関税 ↓ 3ペンスに減税 (13植民地 ↓ 反発 翌年撤廃
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No. Date ② 1765年 印紙法 stamp act 植民地側の代表者が いない本国の議会で 決められた 本 国 本や新聞などの書類すべてに本国 発行の印紙を張ることを義務づける 反対 2 代表なくして課税なしと主張 パトリック=ヘンリ ↓ 翌年撤回 ③ 1773年 茶法 tea act いい 東インド会社救済のため、茶の独占販売権 を与える 東インド会社 直売できるから 安く売れる♪ 13植民地の 茶商人 有利 不利 2猛反対( 1773年 ボストン茶会事件 マサチューセッツ in ボストン(M植民地) 3隻 342コの茶の箱を 海中に投棄 犯人は急進派の白人 P.980 ↓ イギリスはボストン港封鎖 軍派遣 ロイヤリスト パトリオット 忠誠派 (1) 中立派 対立深まる... イギリス 本土を 支持 (言) 戦争には 否定的 愛国派 保守派 (急進派 (1) 独立支持 P
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2. アメリカ独立革命(独立戦争へ) 1774年 大陸会議(in フィラデルフィア) 8 自由か死かと演説 Date れ ら 形 古 中 にな 1 パトリックニヘンリ →"通商を断絶 " 1775年 レキシントンの戦い マサチューセッツ in M植民地 の 本国 武器庫を攻撃 13, ← 独立戦争の発端 立中 ↑ ミニットマン (イギリス正規) (民兵(義勇兵)) 1775年 第2回大陸会議 2 16 建国の父のちに初代大統領となる ジョージ=ワシントンが植民地総司令官に 1776年 8 イギリス本国からの独立は当然の常識 Common Sense トマス=ペイン パンフレットコモンセンスより 1776年7月4日「独立宣言」を発す in フィラデルフィア 起草者トマス=ジェファソン のインディペンデンス ホール 校閲 フランクリン ていこう P.99 基本的人権と圧政への反抗権(ロックの影響) 13植民地の独立の正当性を主張 3.独立へ→1781年に達成 1777年 サラトガの戦い in ボストンの北西 いい アメリカ植民地軍勝利多 植民地側劣勢だったのをガラッと変えた +フランス、スペイン、オランダ各国の支援を受けるように
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Date 義勇兵ラニファイエット(仏・貴) コシューシコ(ポ) (植 ↓ サン=シモン 独立の契機 い ○諸国の参戦 1778年 フラッス参戦 植 スペイン オランダ 1780年 ロシア(エカチェリーナ2世が提唱) ポル、スウェ墺、音 武装中立同盟 ↓ 中立と言っているがいつでも イギリスは孤立 ... イギリスと戦える意思表示 1781年 ヨークタウンの戦い in ヴァージニア (英 VS 米、仏 降伏 戦いは終了 4.パリ条約の締結(1783年) ○アメリカ合衆国の独立を承認 ○ミシシッピ川以東のルイジアナを割譲 ~自由、平等を貫く憲法~ 1. 合衆国憲法の制定 in フィラデルフィア 1787年 G=ワシントンが制定の中心 2. 政体 "市民とされるのは白人 いい 共和政 のみ(先住民、黒人奴隷×) 自由と平等をもつ市民中心 各州(13)は大きな自治権をもつ→ 連邦国家
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① 民主主義 2連邦主義 ③ 三権分立主義 3.三権分立 Date 長くても 大統領 任期 (行 4×2 8年 (W(1) ホワイトハウス 司 立 { 午院 多数 上院 2×50人=100人 行政権は大統領 立法権は議会 司法権は連邦裁判所 4. その影響 独立 自由と平等 ヨーロッパの王政の国々に影響 フランス革命へ…
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