日本史
高校生
解決済み

日中戦争が終結していたにも関わらず、第二次近衛文麿内閣が北部仏印進駐を行い援蒋ルートを遮断したのはなぜですか?

また北部仏印進駐と南部仏印進駐の歴史的意義とはなんでしょうか?

回答

✨ ベストアンサー ✨

日中戦争は1937年〜1945年です。北部仏印進駐は1940年、南部進駐が1941年です。
北部の方では、日中戦争下において援蒋ルート4つのうち、最も最大規模の仏印にある援蒋ルートを遮断しました。石油が欲しかったからという理由もあるそうです。こちらは戦争する上では正当防衛的な側面があると思います。
南部の方では、特に明確な理由はなかったにもかかわらず進駐したために、諸外国の怒りを買ってABCD包囲陣が強化されました。

Sora

ありがとうございます

この回答にコメントする
疑問は解決しましたか?