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右側の教科書の文にあるように、地頭とは荘園や公領の現地支配者をさします。地頭という地位は、頼朝が初めてつくったものではなく、平安時代からあったものと考える方がよいです。
武士団のトップに立つ清盛も頼朝もともに自分の家来を地頭として現地に送り込んだり、もとから現地で有力だった者を家来とする過程で地頭に任命します。
「守護・地頭の設置」は、鎌倉時代の始まりや頼朝の権力の確立の象徴的な例として大きく扱われているんだ、と考えてはどうでしょう。

まる

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